祖父がその辺で拾ってきた棒を持ち地面に線を引き始める。
「よ〜しっ! リオっ! この線からこの線の間を走るぞ! 準備は良いか!」
祖父が地面に引いた線と線の間隔は目測で50m程度の距離。
「いつでも行けるよ! 爺ちゃん!」
祖父は線と線の中間地点に立ち、俺が走るであろう道の邪魔にならない様に1mだけ離れた位置でルール説明をした。
「ただ走るんじゃ、つまんねぇから決まり事を作るぞ。俺が手を1回鳴らしたら、全力で走る。はい、復唱しろ!」
「じ、爺ちゃんが手を1回鳴らしたら全力で走る!」
「次に手を2回鳴らしたら、後ろ向きで全力で走る。はい」
「2回鳴らしたら後ろ向き全力!」
「最後に手を3回鳴らしたら、その場で全力で跳躍し膝を胸に10回つけ終えてから、軽く流して走る。分かったか?」
「3回鳴らしたら、膝つけて跳躍10回して、軽く走るだね! 面白そうだね! 分かったよー!」
俺はゲーム感覚で楽しく修行が出来る事に有り難みを感じ、全力で楽しむことにした。
「それじゃあ、いくぞー!」
祖父は手を”パンッ!パンッ!パンッ!”っと3回鳴らす膝つけ跳躍要求した。
「(いきなりジャンプ10回っ!?)」
「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10っ! ふぅ〜っ」
「(なーんだ、最初は全力ダッシュからやるんじゃねぇんだ……普通なら手始めに1回ずつやってからだと思ったわ)」
「次っ!)」
祖父は俺が50mを走り切るか否かのギリギリの瞬間、手を1回叩く全力ダッシュを要求した。
「(うぉっ!? 今度が前向き全力ダッシュかっ!?)」
「うおぉぉぉっ!」
走る! 走る! 走る! 突然の要求に直ぐに答えるべく走った俺は、風を切る様にして猛ダッシュした。
勢い余ってそのまま線を飛び越える様に走り切る俺に間髪入れず手を3回鳴らす祖父は、黙って次を要求する。
「(もう”次っ!”って言葉は言わないのね……だが、あの悪戯しそうな表情っ! さっき見た! 次こそ全力バック走だ!)」
俺の連続跳躍10回目を終え、駆け出した瞬間、祖父は真面目な表情から一瞬”にや”って言う悪戯を思い出したみたいな表情を浮かべた。
「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10っ! ふぅ〜っ」
祖父にバレない様に平常心を保とうとする俺は、ニヤケそうになる口元に力を入れて歯を食いしばる。そして、案の定、ジョギング速度で走り切ると手が2回鳴らされた。
「読めていたっ! うおぉぉっ!」
予想的中した俺は、疲れた興奮で気分がハイテンションになりながら全力バック走を行う。
「ハッハッハ! 読まれていたかっ! それじゃあ、リオ、一旦休憩な。お疲れさん」
ドヤ顔で笑う俺に祖父は悪戯がバレてしまった子供の様に笑った。
「ありがとう。だって爺ちゃん、俺が跳んでいる時に表情が変わって、まるで”悪戯を思いついたっ!”って顔に書いてある表情だったよ! だから、次は何かあるな〜って思ったんだ」
俺が指摘すると祖父は楽しそうだけど少し演技めいた表情で右手で自分の額を叩いた。
「ハッハッハ! こりゃ一本取られたっ! たが、この訓練の意図を掴んでくれているみたいだし良かったぜ」
「えっ? 訓練の……意図? 俺は、ただ自分がより面白かなりそうって思う事をしただけだよ」
俺は全力で楽しむ事を考えていただけの為に祖父の訓練の意図までは読み取れず困惑した。
「ハッハッハ! そうか、そうか……まぁアレだ……この訓練は、瞬発力や跳躍力の向上だけでは無く、音による判断能力の向上と観察・考察力の向上も同時にやっているんだ」
祖父は今度は演技では無く意表を突かれたとばかりに笑い、訓練の意図を説明した。
「色々有るんだなぁ」
「そうだなぁ。ただ身体能力を上げたいならこんな事をする必要はねぇよ。沢山の武術を行い技を磨き、魔物を討伐して強度を上げた方が早い。だがな、それだと常に自分よりも弱え奴しか倒す事ができなくなるんだ」
「そうなの?」
祖父は先程の笑みを一変して真面目な表情に戻した。
「そうさ。魔物も馬鹿じゃねぇ。弱ぇ魔物でも学習能力が無いわけじゃ無ぇ。特に長く生き残った魔物はそれなりに狡賢い。自分をあえて弱く見せて振る舞い、相手が油断した所を本来の力で応戦するって事は珍しく無ぇからな」
祖父は何処か悔しそうな、それでいて楽しそうな表情を浮かべる。
「それ……本当に魔物?」
俺は魔物の説明に眉を潜めて疑問を問いかける。
「そう思うだろ? 実は俺もそう思った。それなりの魔物でこれだ……俺もまだ会った事はねぇが、人語を喋るドラゴンくらいは、その内出てくると思っている」
「うわぁ〜……夢が広がるねぇ」
「そうなんだ。ってそうじゃねぇ! 同格や格上相手に戦闘中の駆け引きをせず、身体能力だけで倒せる奴は凄まじい野生の感を持った存在だ。正直言って”アレ”は参考になんねぇよ」
祖父は俺の言葉に楽しそうに同意するが、話していく次第にその表情は悔しそうである分かった。
「えーっと……そう言う人が居るの?」
「ああ、友人で1人居るんだ。だが、奴がそれを身に付けた事は幼少時代に森林の中で育つと言う環境があってこそだ」
「幼少期……森の中で……野生生活……」
「さて、休憩は終わりだ。訓練の意図は、分かっただろう? 今度は手を鳴らす回数をに変化を与える。」
「変化?」
俺は祖父の新しいルールに眉を潜めた。
「例えば1回鳴らした後、たどり着く前に3回鳴らしたら、全力疾走の後にその場で10回跳躍して流しながら走るって複数の指示を出す!」
「動いている途中で次の指示が出るから、それを覚えながら行うって事……かぁ……難しくなった」
「更に追加の決まり事に、俺を常に視野に入れて走る事だ! 分かったか?」
「常に爺ちゃんを視界に入れて行動する! 分かったー!」
俺は5往復で1セットを5セット行い今日で最後の訓練に移った。
「そんじゃ、今日の最後の訓練に移るぞ。リオ、今日は疲れたか?」
「うん! とても疲れた! でも、それと同じくらい面白かった! それで爺ちゃん、その手に持っているのは何なの?」
祖父は又もや何処からか取り出したリゴン水と沢山の丸い物が入った麻袋を取り出し、地面に置いた。
袋を開くとその中は黄色く丸い形の果物が入っていた。
「ああ、これか? これは、迷宮産の果物だ。Hランク樹下の門に居る”フルーツウッド”って言う木の魔物が射出して、攻撃する果物の1種類だ」
「Hランク、樹下の門、フルーツウッドの果物かぁ」
「おう! 名前を”ゴモンの実”って言って果肉は柔らかく全体的に伸縮性がある果物だ! 持ってみるか? ほらっ」
「おっとっと……本当だ……ブヨブヨしている! あっはっは! 面白れ〜!」
ゴモンの実を右手で握り振り回すと遠心力で伸び、そして縮む。
それはまるで異様に伸縮性のあるゴムボールで遊んでいる感覚だ。しかし、ゴムっぽい異臭はせず、それは桃に近いほんのりとした甘い果実臭だった。
「それとゴモンの実は、不思議な性質を持っていてな。実に強い衝撃が加えられると、少しずつ実が硬くなり、甘さが増すんだ」
「へぇ〜そうなんだ〜。でも、何で今更ゴモンの実を取り出したの? これを地面に投げる練習?」
「おっ? 惜しいな……地面じゃなくてお前に投げて避ける訓練だ」
「お、俺にっ!? 死なない?」
「ハッハッハ! 訓練で孫を死なせる程鬼畜じゃねぇよ。最初はゆっくり行い徐々に速度を速くしてやる。リオ、お前は、これをどうにか回避したり防御したり捕手したりすれば良い」
「っ? ああ……そう言う事……良かった〜。あっ! もし、俺が飛んできたゴモンの実を取ることができたら爺ちゃんに投げて妨害しても良いの?」
「おう! 勿論良いぞ、出来るならな! んじゃ、あっちの岩場まで移動するぞ」
祖父は岩場まで指差してそう言うと歩き出した。
「(そう言えば、爺ちゃんは、結局リゴン水やゴモンの実を何処からか取り出したんだ? 腰ベルトの横30cm長方体の鞄はあるけど……まさかっ!? それか?)」
「ねぇっ! 爺ちゃん! その前に1つ質問良い?」
「んっ? おう! リオ、どうかしたか?」
「リゴン水やゴモンの実は、どっから取り出したの?」
俺は祖父と移動する時にリゴン水とゴモンの実を何処からか取り出したかを聞いた。
「おっ? おお〜! お前はこれを見るのは初めてなのか! これは下級の収納鞄だ!」
「収納鞄っ!? 何それ!?」
「ハッハッハ! この小さな見た目以上に荷物が入る魔法の鞄で冒険者に必須の道具なんだよ」
「すげ〜!」
「ハッハッハ! まぁ、Gランク冒険者はこれが持てないと偽物扱いされる位には象徴的な鞄だ。この前、荷物の整理をしていたら偶々見つけてな。ちょうど良いし使っているんだ」
「欲しい〜っ!」
「欲しかったらお前も自分で稼いで買えよ。ガキにやるには過ぎた代物だ。金が貯まったら職人に紹介してやっから、それで勘弁してくれ。な?」
「えぇーっ!? 仕方ない、大人になって買うか……んっ? 職人に紹介? えっと……フィリップさんの……ガラスバード商会じゃ売ってないの?」
「売ってないことも無いんだがな……商会が挟んである分値段が高え! 品質もそこそこなんだよ。値段に見合っていないとは言わねえが、やっぱ買うなら高品質なものだろ?」
「まあ、確かに」
「だろ? それならいっその事、俺が昔から世話になっている職人に直接依頼した方が、少し安くて高品質な物が手に入るんだ。おっと……この辺で……良いな」
目的地にたどり着くとそこには他の岩よりも高く、横に広がり壁の様になっていた。
「爺ちゃん! 質問に答えてくれてありがとう! よーし! どんと来いやーっ!」
「ハッハッハ! その粋だ! ほらっ! ほらっ! ほらっ!」
ゴモンの実を片手に手のスナップだけで速球を投げる祖父は期待の眼差しを向けながら笑顔になる。
「ふっ! ていっ! やぁーっ! はぁーっ!」
祖父の期待、予想以上の速球に目を見張り、顎をひき感覚を集中する。
どれも、当たる位置は肩や腕を狙っている事が分かり、少しオーバー気味に黄色い弾丸を避ける、避ける、避ける。
「ハッハッハ! もっと速度を上げるぞ! 気合い入れろ!」
兎を狙う狼、鳥を射止める狩人の如く獰猛笑みを浮かべ楽しそうに笑う祖父は、今度は腕も使ってゴモンの実を投げる。
祖父の檄と共に投げられた第1投。気合いは入れた、一度も目を逸らさなかった。だが、気が付けば顔の前に黄色の塊が迫っていた。
唖然と思考停止する俺。気が付けば、周囲の音は消え、時間が遅く流れる。
無回転なのか、それとも伸縮性のある特性故なのか、黄色の物体は形を変化させて尚迫ってくる。
無意識に危険を感じた身体は顔を右へ、右へと動かし、塊が左耳に掠り思考を取り戻す。
“ビューーーンッ!”
「あぶねっ!?」
耳が掠った事で咄嗟に祖父から視線を外し左を向けた俺。
「やばっ!?」
気がついた時には遅く、このままだと腹に直撃間違いなし。速球を超えた豪速球。訓練とは言え人に投げて良い速度では無い。
避けられる? 体制が間に合わない。
防御する? 手足よりも早く直撃する。
思考が追いつかない。
どうする。
どうする。
どうする。
なりふり構わなくなった俺に出来た事は、無理矢理体制を崩して体操のブリッヂをしてなんとか回避する。
“ビューンっ!”
「んひぃぃっ!?」
急なブリッヂ体制が間に合わずへそに掠り、第3投を確認する。
「(掠った威力じゃ無いっ!? でも、一体、この体制からどう避ければっ!?)」
右脇腹に迫る閃光。
両腕をバネに、地面から押し出される上半身。
だか、現実は非情。
完璧に立ち上がるには勢いが足らない。
避けきれない。
このままでは当たってしまう。
「ふんぐぅぅぅっ!?」
両足、それも親指を窄み、無理矢理膝を地面につかせる事でこれを回避。
迫り来る第4投。
しかし、狙いが右腕だったので、地面にうつ伏せになりこれを回避。
身体の上を通過する黄色い閃光体。
直ぐに起き上がり体制を整える。
「よしっ! これで体せっ!? 痛っ!? はぁっ!? なんで後ろから!?」
“バチーーッン”
左肩甲骨付近に引っ叩かれた様な鋭い痛みに思わず悲鳴を上げその原因を探る。
「ハッハッハ! バーカ! 壁の跳ね返りだ。それも頭に入れて、避けないと痛い思いするぞー!」
気が付いたら麻袋は4袋あってそれが空になるまで避け続け、無くなったら回収して休憩を3回繰り返した。
最後は地面に跳弾したゴモンの実が俺の顎に当たり脳震盪と疲労で気絶して今日の修業を終えた。
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