2-26 違和感

探検の書

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獣魔ギルドから出た俺とソルトは数10m先にある獣魔小屋に向かうと、2,3人待ちの列になっていた。時間は昼少し前の為に人の出入りは激しさを収めつつあるが、それでもまだ多い印象を受けた。

(う〜ん…。さっき見せてもらった誓約書って、今考えると、な〜んか違和感が有ったような、無いような…。それとも、俺の気の所為か…?いやでも…う〜ん。)

俺は順番待ちの間に先程、ガン見した誓約書を思い出し、喉に小鼻が刺さった時の様な何処とない違和感を覚えた。

「考え事かい?リオ君。」

ソルトはその場で両膝を曲げ、俺の顔を覗き込むように見た。

「んっ!?えっいや、なんでも無いですよ。あははっ。」

俺は無意識に視線を下げて、右手を顎下に置いていたのかソルトが覗き込む行為に気づかなかった。

「そうかい?何か、難しそうな表情をしていたから僕はてっきりそうじゃ無いかと思ったよ。」

「…俺ってそんな顔してました?」

「うん。こんな風に眉間に皺を寄せて、眉毛をへの字にしていたよ。」

ソルトは両人差し指を使い、眉毛ごと中心に押して変顔をした。

「ぷっあっははは!ソルトさん、俺はそんな顔してませんよ。」

「ふっふふ。そうかい?なら良かったよ。」

ソルトは俺の爆笑に釣られて”クスリッ”っと笑うと微笑ましそうな表情を浮かべた。

「えぇ、俺はただ、さっき見せてもらった誓約書について思い出していただけですよ。あの誓約書も契約魔法を使った魔道具で良いんですよね?」

俺はソルトの変顔が思った以上に可笑しかったのか笑い涙を右手でそっと拭いた。

「そうだよ。あれは”薔薇の誓約書”って魔道具でね。元々は”赤薔薇の誓い”と言う、結婚する時に使っていた魔道具を他でも使えるように改良した物なのさ。」

「”赤薔薇の誓い”、”薔薇の誓約書”かぁ…。だから血印を押した時に血が花が咲いたように変化したのか…。」

俺はソルトが誓約書の印マークに血印を行うと魔道具が発動した光景を思い出した。

「うん、そうだよ。っと話している内に順番が来たね。フィデリオ君はアメン坊と共に、ここで待っていてね。僕の従魔達を連れてくるから。」

俺達が話している内に前にいた人が魔物か獣かは判断できないが、茶色い馬を引き連れて外に出て行った。

「分かりました。何か手伝える事があったら言って下さい。」

「うん、ありがとうね。その時はよろしく頼むよ。アメン坊もフィデリオ君と一緒に少し待っていてね。」

「っ!」

「任せて下さい。」

俺は右手で左胸を”ドンッ”っと拳を当てて、アメン坊と入口手前で横並びに立ち5分程度待った。

「お待たせ。バズ達も向かっている事だし、僕達は先に正門を出て外で待っていようか。」

ソルトは獣魔小屋から出ると、ギルドの方は指差しバズラードとメルルが歩いてくるのを確認した。

ソルトが連れ出した従魔は全身を濃い茶色に染め上げ両腕、両足、顔に白い線模様の入った1m級の兎と全身を灰色に染め上げた全長2〜3mある熊の2体だった。

「っ!」

「わ、分かりました。」

俺はソルトの後ろに続くように歩く兎と熊を呆然と眺めながらもアメン坊と共に後ろについて行き門の外に出て、通行人の邪魔にならない所まで歩いた。

「さて、フィデリオ君。みんなが来るまでの間に彼らについて紹介しておくよ。」

「よ、よろしくお願いします…。」

俺は初めて見る種類の魔物に内心ドキドキ、ワクワクしながら視線を”チラッチラッ”っと魔物に向けていた。

「うん、それじゃ早速。こっちの彼はファイティングラビットの”ナルグ”。街中の依頼では探し物や迷子の捜索に頼りにしていて、近接戦闘を得意とする頼もしい従魔だよ。」

「ファイティングラビットの…ナルグ…。」

「ブゥーッブゥーッ。」

ファイティングラビットのナルグは右手を前に突き出し、俺を指差すかのようにすると左手を腰に当てて首を左右に何度も振った。

「えっ?ソルトさん、なんでナルグは顔を横に振っているんですか?」

俺はナルグの突然の行動にどう対処して良いか分からず好奇心は一転して困惑に変化した。

「う〜ん。どうも呼び捨てにされた事が気に入らないみたいだね。”ナルグさんだ。新入り。”だって。」

ソルトは胸の前で腕を組むとサラッとナルグの言葉を理解して俺に伝える。

「えっ!?ソルトさんってアメン坊やナルグの言っている言葉が理解できているの!?」

「ブゥーッ!ブゥーッ!」

ナルグは俺が再度、呼び捨てにした事に腹を立てたのか警告代わりにポカポカと俺の頭を叩き始めた。

「痛っ!?ちょっ!タンマ!タンマだって!分かった!分かりました!ナルグさん、舐めた真似してすみませんでした!」

俺はナルグの猛攻に頭を腕で覆うようにガードした。

ナルグの拳の威力は手加減しているのかそこまで高くは無い。しかし、ノーガードだと普通に顔面を狙ってくる為に俺はすぐに言葉遣いを直し降参した。

「ブゥーッ。」

ナルグは両手を胸の前で組むと無表情ながらも威圧する視線を向けた。

「えっと…。今のはなんて言ったんですか?」

「”次、舐めた真似したら容赦・手加減しねぇぞ”だって。ちなみにフィデリオ君の質問には、理解どころか会話出来るよ。」

「えぇ…。あっ後、会話って魔物使いなら全員出来るんですか?」

「魔物使いじゃ無理だね。そもそも、従魔士と魔物使いとでは従魔契約の方法が違うからね。魔物使いが出来るのは”何となくこんな気持ち”って言うのをお互いに理解出来る事だよ。」

「ヘェ〜。そう言う物なんですかぁ…。」

「うん、それじゃあ続いて彼女だね。彼女はグレーベアーの”グレイス”。彼女は主に移動時に荷車を引っ張ってくれるし、見た通りにナルグと同じく近接戦闘で得意な女性だよ。」

「女性か…。こんにちは。フィデリオと言います。リオって呼んでください。グレイスさん、今日からよろしくお願いします。」

俺はナルグの失敗を生かし、最初から低姿勢でグレイスに最敬礼をした。

「クマ、クマ。クマ。」

グレイスは四足歩行から立ち上がると、器用に右手でパタパタと前後に振った。

「今のは、なんて言ったんですか?」

「”よろしく、リオ。グレイスで良いわ。”だって。」

「改めて、グレイス、よろしくお願いします。」

俺はグレイスから呼び捨ての許可を貰った為に早速名前を呼び、右手でグレイスに握手を求めた

「ブゥーッ。」

「あでっ!?ちょっ!?ナルグさん、今、なんで殴ったんですか!?」

俺とグレイスが握手する寸前で後頭部に突然痛みが生じた為に振り向くと、ナルグが伸ばした腕を引いていた。

「”姉御を呼び捨てにするなんざ、俺が許さねぇ。”だって。ふっふふ。何とか上手くやっていけそうで僕は安心したよ。」

「ソルトさん、何処がですか!?」

「おっと、盛り上がったいる内に全員揃ったし、今日は、従魔の触れ合い会と軽い歓迎会をしようと思う!」

「えっ?まさかの無視ですか?」

「はい、リオ君。何飲むかにゃ?」

ラートは俺の背後から現れると、お盆の上に置いてある数種類の果汁水を見せた。

「えっ?あぁ…ラート君、ありがとう。じゃあ、このリゴン水で。」

「君達のしばらくの活動は、従魔と触れ合いや食事、遊び、毛繕いの手伝いなどを行い、魔物に慣れていく事を中心にしていきます。今日は、その最初の活動と君達の登録に乾杯!」

「「「「「「「乾杯っ!」」」」」」」

「「乾杯にゃっ!」」

俺達はその場で飲み物を高く持ち上げて乾杯を行った。

「リオ君、リオ君。早速、他の従魔達と仲良くなって楽しそうでしたにゃ。」

「ナート君、アレの何処が仲良さげに見えるの?俺はさっきから理不尽に殴られてしかいないんだけど…。」

俺はリゴン水と焼き鳥を両手に持ちお腹を満たしていると珍しくナート1人で話しかけて来た。

他の3人は食事をしながらも担当師匠に話しかけていたり、単眼のフクロウみたいな魔物に餌やりや大トカゲみたいな魔物を撫でていた。

「そんな事ないですにゃ!なんかさっきのリオ君、僕達といる時と少し違って大人びていたにゃ。」

「そ、そうかなぁ?俺は、そこまで意識していないからよく分かんねぇや。」

俺はいつもと違うナートの態度に戸惑いを覚えながらも、何故か少し恥ずかしさを感じた。

「そうですかにゃ。それはそうと、リオ君に聞きたい事があったのですにゃ。」

「えっ?俺に?ナート君が俺に質問って珍しいね。でも、俺よりもジルさんやソルトさん達の方に聞いた方が早くない?」

「それはそうなのですにゃ。でも、聞きたいのは魔物についてじゃ無いですにゃ。」

「えっ?魔物じゃない?なら、余計にナート君に聞かれる心当たりが無いんだけど…。」

「リオ君って獣魔ギルドで”薔薇の誓約書”をじっと見ていましたにゃ?」

「えっ?うん。それが?」

「僕もジルさんに見せて貰ったけど、読めない記号が多くてよく分からなかったにゃ。リオ君にはなんて書いてあった分かるですかにゃ?」

「”読めない記号”…?あっ!?えっ!っと…お、俺もよく分かんなかったからさ、何となく、そう言う文字かなぁって考えていたんだよ。ほら、記号の隣にひらがな書いて、文章みたいだから考えるのが面白かったんだよ…。あははっ…。」

俺はナートの”読めない記号”と言う言葉を上手く理解できず眉を顰めた。

しかし、その瞬間に喉に刺さった小鼻が取れた感覚と同時に背中に冷たい汗が流れた。ナートの言う読めない記号とは”漢字”のことだった。この世界では一般的な識字率故になのか、ひらがなとカタカナを全世界の共通語としている。

魔物の名前や一部の魔道具に英語読みがある事は古代に亡くなった国の名残のようだが、何処の店でも漢字を使う場所は見られなかった。

俺自身はステータスに漢字が使われていた為に、いつもの癖で何の躊躇いなく読んでしまった。しかし、よくよく考えると習っていない文字を読むのは不自然以外の何者でも無い。また、ずっと感じてい違和感が魔道具に漢字がある事で、街中に漢字が無かった事だと今更ながら気がついた。

(やっべぇ〜っ!?漢字は気がつかなかった!咄嗟に誤魔化してみたけど、不自然すぎた…!本を読んでこなかった弊害が此処で来るなんて思わなかった…!どうか、スルーしてくれますように…!)

「そうだったんですかにゃ。僕はてっきりアランさんやキースさん達に、秘密で教えて貰っていて読めるのかと思っていましたにゃ。読めるなら教えて貰おうと思っていましたにゃ。」

ナートは少し残念な表情で顔を俯かせたが、直ぐに顔を上げて納得の表情を見せた。

「ま、まぁ一応薬師のアリア婆ちゃんは昔貴族令嬢だったって聞くし、確か家に材料本があるって聞いた事があるからアリア婆ちゃんなら分かるかも知んないね。」

「なら、もし知っていたら僕達にも声をかけて欲しいですにゃ。」

「勿論だよ。」

「約束ですにゃ。」

「約束だよ。」

「それじゃあ、僕はジルさんの所でクーンとリーン達と触れ合って来ますにゃ。」

「うん、俺もアメン坊達と触れ合ってくるよ。」

俺は歓迎会をする前とは違うドキドキ感にどっと疲れを感じアメン坊達との触れ合いで精神を癒した。

 

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