ソルト達の歓迎会から従魔のアメン坊、グレイス、ナルグの世話を行いつつ、見習い冒険者の雑用依頼を熟すとあっという間に30日が経過した。
俺達は前回、戦闘訓練を行った王都第二門を出て直ぐの場所に向かっていた。ただし、前回と違うのは遠目から見てアラン祖父と他にキース祖父がいる事だ。
俺達がアラン祖父、キース祖父の元に近づいた時、距離にして30mを切る時にそれは起きた。
「来たか……」
胸の前で腕を組み、目を瞑って仁王立ちしていたアラン祖父が目を開いて”ポツリッ”と呟いた。
アラン祖父が目を開いたと同時に空気が重くのしかかり、風や虫の鳴き声、鳥の囀りなど音が消失する程の敵意を放った。
「っ!? ぐっ……!」
俺達はアラン祖父の敵意の威圧に前回の恐怖が再燃し、体を震わせるが、後ずさる足をグッと堪えた。
「ふっにゃ!」
「ふっしゃあぁぁ!」
上から順にラートとナート兄弟がアラン祖父の威圧に対して2歩前に前進すると、雄叫びを上げながら敵意を剥き出しにした。
「ほうっ」
アラン祖父は自身に敵意を向けるどころか、雄叫びを上げて前進する兄弟の行動に、獰猛な笑みを浮かべ威圧を強める。
「ぐっ……っ!? スゥーーッハァーッ……ウオォぉぉぉっ!」
俺はアラン祖父の強まる威圧に唇を強く噛み、痛みで恐怖に抗った。そして、大きく深呼吸をすると天高く、何処までも届かせるくらいの意気込みで雄叫びを上げた。
(負けたく無い……負けるもんか……自分に、負けてたまるか〜っ!」
“自分よりも先に恐怖に抗った友達への対抗心”と”恐怖に負ける自分自身が認められない思い”が俺の心から漏れ出していた。
「「うわぁぁぁぁっ!」」
シルルとメルルもまた、雄叫びを上げる男達に触発された為か大声を上げ、一歩一歩ゆっくりと前進した。
「くはっ。ワッハッハ」
アラン祖父は堪えきれなかった笑い声をこぼし、より獰猛さを増した笑みを浮かべた。
そして、俺達との距離が15mを切ると突然アラン祖父の威圧が無くなり、俺達は糸の切れた人形の様に力が抜けてその場に座り込んだ。
「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!」
俺は全力疾走のマラソンをした様に体中から酸素を求めた。
疲労感も並では無く、たったの数十mを歩いただけなのに、普段から行なっている日課よりも辛く感じた。舌垂れる汗を拭くの袖で拭うと、頭だけでは無く背中やお腹など全身から汗が吹き出していた事に気がついた。
「ワッハッハ! お前達、良く耐えたな。改めて聞くことでも無ぇが、一応約束だし聞くぞ。今日から行う訓練は、これ以上に辛い。それでも、お前達は訓練を受けるか?」
俺達は顔を上げ祖父達を見ると嬉しそうに笑う祖父達の表情があった。
「オイラ達を舐めるにゃ!」
「アタイ達はそんなの分かっている!」
ラートとシルルはアラン祖父の心配を、子供扱いされていると感じた為か怒りの表情を浮かべる。
「それでも! 僕は強くなりたいですにゃ!」
「アタシも! 1人で良く考えた! でもやっぱり冒険者になりたい!」
メルルはいつもの独特の言葉遣いを辞めて、大声でアラン祖父に必死な表情で訴えた。
「俺も! 誰も見た事がない景色や財宝を見つける様な凄え冒険がしたい! それに、俺はやっぱり負けっぱなしは性に合わねぇよ!」
俺は何処までも自分勝手で子供っぽい思いだと自覚しながら、右拳を顔の前に振りかざし思いの丈をぶつけた。
「ワッハッハ! その意気、良いじゃねぇか! おいっキース! お前も黙っていないで、なんかねぇの?」
アラン祖父は俺たちの表情と態度に上機嫌で笑い、キース祖父の肩を叩いた。
「あははっ。うん、そうだね。まずは私は君達の勇敢な行動に敬意を称するよ。だから君達を子供とは思わず、ビシバシと鍛えていくからそのつもりでね。」
キース祖父はアラン祖父に叩かれた肩を痛そうに擦りながら、俺たちに向けて拍手をした。
「ワッハッハ! よし、戦闘訓練の本格的な日程について説明した後に訓練を再開する。だが、その前にラート! 開始の挨拶を頼む。」
「はいにゃ! 全員整列! お願いしますにゃ!」
「「「「お願いします(にゃ)!」」」」
「おう! お願いします」
「うん、お願いします」
俺たち全員はラートの開始の号令で戦闘訓練を再開した。
「さてと、今日からの日程だが、受身や組手などの基礎的な事を行いつつ、魔法戦闘、格闘戦闘、棒術戦闘を中心にやる。だが、得意・不得意があるからまずは、得意分野を伸ばす為に格闘・棒術を多くする奴と魔法戦闘を多くする奴に分ける」
アラン祖父は腕を組むと今後の日程について説明をしていく。
祖父達の考えは、俺たちに身を守る為の武器を身に付かせる為に得意分野を徹底して伸ばす方針だ。
例えば獣人種のラート・ナート兄弟は、その種族特性上、魔法が苦手である為に、魔法を得意とする妖精種に属する俺と同じ様に、時間をかけても同じだけの成果は上げられないからだ。
「アランが格闘・棒術を担当するから、私が魔法を担当する事になったよ」
キース祖父はアラン祖父と自身に指さすと担当が何かを告げた。
「アラン爺ちゃんに質問。格闘や魔法は分かるけど、なんで棒術なの? 俺はハンマー使いになりたいから、棒術はそこまで役に立たないと思うけど、どうなの?」
俺は右手を上げて挙手をしアラン祖父に質問をした。俺自身、主力武器はハンマーって決めていた為に棒術を習得する理由が薄いと感じたからだ。
「そうにゃ。オイラは双剣使いににゃりたいにゃ。棒術にゃんて、役に立たにゃいにゃ」
ラートも俺と同様に双剣を主力武器にしているようで、少し不機嫌気味な表情を浮かべた。
「はぁ……まぁその気持ちは、分からんでもない。でもな、棒術には、武器を扱う上で大切な動きを多く含むんだ」
アラン祖父は俺とラートの言葉に大きなため息を吐き呆れた表情で説明する。
「例えば〜どんな〜動き?」
メルルは先程の口調からいつもの独特な伸ばし口調に戻しながら質問した。
「そうだなぁ……棒術の攻撃は多種多様でな。槍と同じで突き刺すを基本にしているが、剣の様に振り払いや投擲の様に投げ、相手の重心を崩して転ばせるなど色々な武器に通じている」
「なるほどですにゃ……」
「それに何より、お前らは武器を相手に向けて戦うってやった事があるか?」
「うっ!? いいや、やった事ない……」
俺はアラン祖父の質問に痛いところを突かれた様に身体を”ビクッ”とさせた。
「そうだろ? それに、双剣やハンマーは近接武器の中でも、より接近戦向きの武器だ。武器の扱いに慣れていない、武器を使った戦闘に慣れていないだと、模擬戦闘中の余計な怪我に繋がりかねない」
「確かに、にゃ……」
ラートは言葉を詰まらせながら視線を下に向ける。
「だから棒術で慣れろ。幸いに棒術は、得物が長い分相手との間合いを学びやすい。さらに、相手に武器を振う、振われる恐怖心にも慣れやすい。目指したい戦闘方法はその後から行えば良い」
「そう言う意図ね」
シルルも俺達と納得がいっていなかった為かアラン祖父の説明を聞いて頷き、納得した。
「おう。俺は武術を習った事が無ぇから、教えられる事は基本的な振り方と守り方位だ。でも、戦闘の可能性と言うか、経験を与える事は出来る。だから、俺の訓練はひたすら模擬戦闘だ。そこから、自分で考えて挑戦してみろ。なぁに、失敗しても死にはしないし、助言だってしてやる。分かったか?」
「はい!」
「はいにゃっ!」
俺とラートはアラン祖父の説明と方針に納得できた為に大声で返事をして、自身に喝を入れた。
「うん。それじゃあ、私の話を続けるよ。一応、確認しておくけど、魔法が苦手って思う人は挙手してみてよ」
キース祖父はアラン祖父と交代するように前に出ると魔法が不得意である自覚者を聞いた。
「うにゃぁ……」
「はいにゃ……」
「うぅ……」
ラート、ナート、シルルの順にキース祖父から視線を逸らすと、恥ずかしさと申し訳なさの入り混じった表情でか細い返事をした。
「ごめん、ごめん。でも一応、自覚があるか確認したくてね。それじゃあ、リオ君とメルルちゃんは、魔法が得意だから多く時間を使う方向で良いかい?」
「俺はそれで良いよ。メルルちゃんはどうする?」
「アタイも〜それで良いよ〜」
キース祖父の提案に俺とメルルは素直に受け入れた。
「それじゃあ、ラート君、ナート君兄弟とシルルちゃんの3人は魔法と格闘・棒術のどっちを沢山したい?」
キース祖父はある程度分かっている質問だったが、あえて、3人の自主性を尊重した。
「オイラは魔法よりも格闘を多くしたいにゃ」
「僕は、苦手だけど魔法を克服したいにゃ」
「アタイはラートと同じで、格闘だなぁ」
「うん、分かったよ。それじゃあラート君とシルルちゃんはアランと一緒に格闘や棒術を中心に行なってね。リオ君とメルルちゃん、ナート君は私と一緒に魔法の訓練を多くするよ」
「分かりましたにゃ」
「うん、分かったよ」
「分かったわ〜」
「うん、良い返事だよ。私の訓練では、下級攻撃魔法の放射(ラジエイト)系を使い熟し、球体(ボール)系まで使える様にしたいと思っているよ」
「下級攻撃魔法……かぁ……」
俺はキース祖父の訓練である下級攻撃魔法の習得に、高揚感と不安を織り交ぜた複雑な気持ちがあった。
「うん、まずは使える様にしなくちゃダメだよ。だから的を用意するから、それを壊す事が最初の目標だよ」
「壊せたら〜次はどうするの〜」
「うん、私に狙いを定めて攻撃する訓練だよ。勿論、私もただの動く的になるつもりはないから、君達が躱せるギリギリを狙い反撃するよ。当たってしまったらごめんね」
キース祖父は今までの真面目な表情から一転して笑みを浮かべるが、眼は全く笑っていなかった。
「っ!?」
俺はキース祖父から感じたアラン祖父の敵意の威圧とは違う”何か”を感じ取ると、悪寒を感じ辺りを見渡した。
「リオ〜そんなに〜ビクッ〜ってして〜どうしたの〜?」
「えっ……あ、いや……なんでも無いよ……気の所為だよ……」
俺は辺りを見渡したが、幼馴染達は俺と同じように悪寒を感じた様子は無く、突然辺りを見渡した俺を見て不思議そうな表情を浮かべた。
しかし、アラン祖父は悪寒を感じた後に、ただ口元を手で隠し笑いを堪え、キース祖父は笑顔を深めたから、俺の知らない”何か”をした事は間違いなかった。
「うぅ……どのみち僕は、最下級魔法を使い熟さなくちゃダメですにゃ……」
そんな俺を置いておいてナートは、自身が選んだ今後のハードスケジュールに1人落ち込んでいた。
「要練習だよ。でも、獣人種のナート君の場合は、魔法発動時の不快感を我慢できるなら、リオ君達と一緒に下級攻撃魔法を訓練しても良いよ」
「っ!? そ、そうなんですかにゃっ!?」
「うん、難易度は高いし、不快感もかなりするって聞くけど、その分、魔法技能は上がりやすいから、どうするかはナート君が選ぶと良いよ。やって難しそうなら、ラート君達と格闘・棒術を多くすれば良いんだからね」
「わ、分かりましたにゃ……」
「うん、それじゃあ、早速、訓練開始だよ。昼の鐘までは、基礎訓練と同時に不得意分野を行うから、ラート君とシルルちゃんは、こっちにして魔法訓練を行うよ」
「「えぇーっ!?」」
キース祖父の訓練開始の内容に、ラートとならシルルは不満と驚愕の表情を浮かべた。
「あははっ大丈夫だよ。君達の格闘訓練は、昼を食べた後に行うから、安心してよ」
キース祖父はそんな2人の反応が面白く感じた為か口元に指を当てて笑った。
「そう言う事だ。ナート、リオ、メルルの3人はこれから格闘と棒術訓練だ。よろしくな!」
「「よろしくお願いします!」」
「よろしくお願いしますにゃ!」
俺達もアラン祖父の合図に大声で挨拶を行い基礎訓練と格闘・棒術を開始した。
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