「よし、それじゃあ昼休憩を終わりにする!ラート、開始の号令を頼む。」
「はいにゃっ!みんな、整列するにゃっ!よろしくお願いしますにゃ!」
「「「よろしくお願いします!」」」
「よろしくお願いしますにゃ!」
「おう、よろしくお願いします。それじゃあ、これからさっき教えた内容を踏まえて全員で組手を行うぞ。だがその前にもう一度身体を温める為にここから第四門まで走るぞ!お前達、準備は良いか!?行動開始!」
「「はいにゃ!」」
「「「はい!」」」
「行動終了!んじゃ、これより組手をするぞ。」
「爺ちゃん、俺たちは5人だから2人1組だったら1人余るよ?どうすんの?」
「俺も混ざるから、その辺は大丈夫だ。」
「ええ〜っアランさんが混ざったら勝ち目ねーよ…。」
「シルル、今からやる組手は勝つ事が目的じゃねぇよ。さっきも言っただろ?昼飯食う前に教えたことを踏まえてって。この組手は実践形式で行う動き方の確認に近い。」
「つまり、どう言うことにゃ?」
「最初はお互いにゆっくり戦い、一つ一つを実際に試してみろ。受身、防御、回避、受け流し、攻撃を行い少しずつ慣れてきたらお互いに話し合って攻撃速度を速くしていくんだ。何度失敗しても良いから色々挑戦してみろ。それじゃあ、まずはラートとナート、シルルとメルル、俺とリオの組み合わせで行うから全員距離を取れ!行動開始!」
「「お願いします!」」
「「お願いしますにゃ!」」
「爺ちゃん、全力でいくよ!」
「おう、俺に余計な手加減とか要らねぇかんな。そんじゃ早速こっちからいくぞ。ふーっ。」
祖父は軽く右ストレート俺に放った。速度は最初だからか俺が祖父の攻撃を見てから避けられる程度の速度だった。
「おっと、っと!?とぉ!」
“ドトンッ”
俺は午前中の反省として防御の姿勢をピーカブースタイルから両拳を喉の高さまで上げて左手を少し前に突き出し右足を引く姿勢で構えた。俺は祖父の右ストレートが伸び切る前に左腕の中間辺りでガードしたが、伸び切った右ストレート押し出しに足が耐えられず少しオーバーリアクション気味に後ろ受身を行なった。
「リオ、今のは攻撃を受け止めるんじゃなくて回避か受け流すところだろ?」
祖父が呆れた表情で地面に倒れているニヤニヤ笑いながら俺を見下す。
「そんなの、分かっているよ!まだまだ、これからだ!」
“ガッ!ダタッタ!”
俺は直ぐに立ち上がるのと同時に低姿勢で駆け出しす。
「ハッ。そうかよ。それなら、次はどうすんだ?」
“スゥーーッ”
祖父は自身の足元を攻撃しようと駆ける俺を嘲笑うかのように蹴り上げる。
「そんなの、分かってんだよ!」
“パァッ!フォン!”
俺は目の前に迫り来る蹴りに合わせて両手を前に突き出し跳躍する。
「おおっ?はははっ。」
“ブオンッ”
祖父は俺を蹴り上げる事に成功したが、力を受け流され事に驚愕し獰猛な笑みを深めた。
「くらいやがれ!」
“ダチッン!!”
地上2mの空中に舞い上がる俺は反時計回りに身体を捻り上げ祖父の延髄に闘志と共に無遠慮の一撃を叩き込む。
「何かしたか?なら、これはどう対処する?」
“ブンッ!”
挑発的な笑みと態度の祖父は俺の足を掴むとフリスビーを投げるように横に腕を振り切った。
「ちょっ!?マジかよ〜〜っ!?ッッッ!?ハァハァ。」
“ドタッ!ゴロンッゴロンッ!”
突然、空中に勢い良く投げつけられた俺は重力を嘲笑うかのように直進する。しかし、それも一瞬の出来事だ。急落下する身体が地面に叩きつけられる。身を丸める姿勢を取り球のように転がる事で衝撃を殺し未知の経験に”ドッドッドッ”っと鳴る音を感じた。
「おいおい、リオ、どうした?もうへばったか?だらしねぇな。そんなんじゃ女にモテねぇぞ。」
“テクッテクッテクッ”
両手を広げてこちらにゆっくりと歩く祖父は顎を上げてニヤついた笑みで再度挑発する。
「うるせーわっ!これからが本番だ!やってやんよ、こんちくしょーっ!」
“ガワッ!ダダッタ!”
トマトの様に赤くなった俺は地団駄を踏む様に立ち上がり鉄砲玉の様に駆け出した。
「はははっ。そう来なくちゃな〜っ。」
“スゥーーッ”
相も変わらずニヤニヤした表情の祖父は構えを取ると人差し指を前後に動かた。俺は祖父との戦闘中に様々な事を試しては失敗して、たまに成功するを繰り返した。そして時間が来るとラート、シルル、メルル、ナートの順番で組手を行い休憩した。
「よし、それじゃあ、今日最後の訓練だ。お前ら全員対俺1人で戦うぞ。俺はこの円から出ないからお前らは好きに攻めてこい。」
祖父は足で自身の周りに肩幅程度の円を描きルールを説明した。
「ヨッシャーッ!みんな!協力してをアイツを倒すわよ!」
シルルは復讐者が対象を見つけた時の様な満面の笑みを浮かべ祖父を指差した。彼女は祖父の挑発に鬱憤が溜まっていた様だ。訓練開始直後は敬意が含まれていた言葉遣いも今はカケラも無い。
「フシャーッ!やったるにゃ!いくぞ、ナート!」
「任せるにゃ!ラート!」
ラート・ナート兄弟もシルルと同様に怒気を表し祖父に敵意を燃やしている。ラートはグルグルと肩を回し始め、ナートは自身を大きく見せようと両腕を限界まで伸ばした。
「みんな〜落ち着こうよ〜。それじゃ〜相手の思う壺だよ〜。落ち着いて、アイツに目にモノ見せてやろうよ〜。」
メルルは他の3人とは違くマイペースなのか笑みを浮かべたまま口調も変化はなかった。しかし、その瞳は暗く濁っていた為に俺達はサァーっとなり冷静さを取り戻し作戦会議を行う。
「お前ら!この組手で俺はお前らに敵意を持って攻撃する!手加減してやるが多少の怪我は我慢して気張れよ!」
祖父は作戦会議が終わった俺たちに向けて腕を組みながら怒鳴り声を上げると、一呼吸の後に敵意を放った。
「「「「「っ!?」」」」」
さっきまでのニヤつきがなりを潜めた祖父の睨みは一瞬にしてその場を空気を一変させるのを感じた。
(空気が…重い…っ!?身体が動かない…っ!?)
突然、重力が増した様に感じる俺は金縛りに合う。全身の毛が逆立つ様な感覚と共にゾッと感じる背筋が凍り体温が奪われていく感覚はまさに蛇に睨まれた蛙の如く被食者の気分だった。
「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!!」
(呼吸が…出来ない…っ!?苦しい…誰か…助けてくれ…っ!)
激しさを増す呼吸音とは裏腹に過呼吸になる俺は身体が地面に吸い寄せられる様に少しずつ沈んでいった。
(怖い…怖い…恐いっ!もう嫌だ!ここから…逃げ出したいっ!)
内心相手は自分を殺さないと分かっている俺だけど死の恐怖心を感じた身体はその本能故にガタガタと震えた。
(嫌だ…嫌だ…嫌だ…もう死ぬのは嫌だっ!あの時の感覚なんてもう感じたく無いっ!)
知らずに地面に膝を突き、身体を抱きしめる様に暖を取ろうとする。晴天なのにまるで極寒の吹雪にに取り残された様に感じる俺は冷や汗と涙を滝の様に垂れ流し、下半身に温かなしみを大きくした。
(おれは…しぬのか…っ?まだ…はじまってすら…いないのに…?)
音を無くし色が消えた世界にただ1人取り残された俺は次第に意識が遠のいていくのを感じた。
“トンッ”
(っ!?)
「うえっ…?」
突然横からの衝撃を受けた俺は間抜けな声と共に遠のく意識を呼び覚まし衝撃の主を確認した。そこには母親が我が子を恐怖から守る様に抱きしめるシルルとそのシルルの胸に顔を埋めているメルルだった。更に反対側を確認すると頭を抱えて怯えるナートの上から多い被る様にして怯え守るラートの姿があった。
(カッコ悪すぎだろ…俺は…っ!!転生している俺が1番あの恐さを知っているのに、年長の俺が守らなくちゃいけないのに…っ!何やってんだよっ!翔太!今こそ男を見せる時だろっ!)
俺は顔を上げると右拳で顔を殴り付け自傷した。
“パガンッ!パガンッ!パガンッ!”
何度も響くこの場に相応しく無い鈍く、木を叩く音につられて怯えていたラート・ナート兄弟とシルル・メルル姉妹は顔を上げて呆然とした表情で俺を見た。
「っ!?っづ!うおぉぁぁぁぁぁっ!」
生まれて初めて産声を上げた力強い獣の様な咆哮を上げた俺は、その声とは裏腹に生まれたばかりの動物の様に膝を笑わせていた。
「いぐぞーっ!?うおぉぉっ!」
目は涙で赤くなりズボンには大きな酸っぱいシミを作りながら走る俺。途中で力を無くし膝から崩れ落ちるが何度も立ち上がり祖父に大きく振った拳の一撃を叩き込む。
「あめぇよ。」
“スゥーーッブンッ!”
声色に変化のない機械の様な祖父は足をクレーンの鉄球の様に振りガラ空きの俺の腹を蹴り上げた。
“ドガッ!ドンッ!ゴロゴロッ!”
「うぶっ!?〜〜っ!?あ”あ”ぁ…っ!!」
腹に鈍く熱い痛みに疲労感と共に意識が飛ぶ。しかし、地面に落下した背中と頭の衝撃で再び意識を取り戻す。しかし、勢い付いた身体はそのまま転がした丸太の様に地面で何度も跳ねる。ボロボロの精神と肉体、灼けるように痛い腹。鼻は転がった時にぶつけたのかダラダラと血が流れる。
「どうした?もうへばったか?」
午前中にも同じセリフを祖父から聞いたが、その声に感情は無かった。”俺はもう十分にやった”・”もう休んでも誰も文句は無い”とありもしない幻聴が聞こえる。
「ふざげんな…糞が…。ゴホッ!ゴホッ!俺は、まだ、やるんだよっ!あ”あ”あぁぁぁっ!」
自身の心の弱さに悪態つく俺は怒りを原動力に身体中に感じる痛みを押し堪え叫び声と共に立ち上がろうとする。しかし、アニメのヒーローの様にはいかず腕を激しく震わせるだけで立ち上がれない。
“ガザザッ!ガザザッ!ガザザッ!ガザザッ!”
ヤスリで木を削り始めた時の様な音が前からするのを感じた俺は後の方を見る。
「にゃあ〜…ラート。僕はカッコ悪いにゃ…。ラートに守られて…好きな女の子も守らずに怯えたにゃ…。」
「ナート、気にすんにゃよ。兄は弟を守るって相場が決まっているにゃ。それを言うにゃら、オイラこそが1番ダサダサだにゃ。」
「シルル姉…ごめん。シルル姉も恐かったのに、アタシ、アタシ…っ!」
「ラートも言っていたが、姉は妹を守るんだよ。それにメルルと同い年のリオは立ち向かったのに年上のアタイらが出来なくちゃカッコ悪すぎだろ!」
目に涙を浮かべお互いに支え合い立ち上がる友達に俺は心が温かくなり安堵から涙を流した。俺は重く苦しい空気が軽くなるのを感じ、立ち上がる事は出来なかったが地面を這うことで彼等に近づく。
「リオ君、1人にしてごめんにゃ。オイラがダサダサなばっかりに…。」
申し訳なさそうな表情で俺から視線を外すラート。
「リオ、アンタはもう休んでな。後はアタイらに任せな。」
眼前の敵から目を離さない様に祖父を睨み付けるシルル。
「リオ君、君に勇気を貰ったにゃ。だから僕達の勇気を見ていて欲しいにゃ。」
手を胸に当てて無理している笑顔を見せるナート。
「リオ…その…カッコよかったよ。だからアタイらの格好良いところを見ていて。」
身体をモジモジとして視線をチラつかせ口を尖らせて照れながら祖父を見て顔を強張らせるメルル。
「ははっ。うん、みんな頑張ってね。あとは任せるよ。それとメルルちゃんも照れていて可愛いよ。普段からそうしていれば良いのにね。」
俺は自分が1人ではない事を再確認して安心した。しかし、彼らには余裕が感じられ無く、俺も体力が底をつき始めていて普段以上の軽口を叩いた。
「っ!?うっさい!やっぱりさっきのは無し!」
顔をリンゴの様に赤らめたシルルは強張った表情を無くしいつもの調子が感じが出た気がした。
「リオ、アタイの事は褒めてくれないのか?」
俺の軽口に付き合ってくれたシルルは”自分には無いのか?”と俺に視線を向けた。
「それは俺の役目じゃないから。ねっ?ラート君。」
「そうにゃ、そうにゃ。なぁ?ナート?」
「っ!?ラートもリオ君もこんな時に揶揄わないで欲しいにゃ!でも、その、シルルちゃんはいつも可愛いにゃ。」
メルル同様に真っ赤にした顔で怒鳴るナートは視線をシルルにチラつかせながら言葉を発した。
「なっ!?」
「「「ふうーっ!ふうーっ!」」」
予想だにしなかったシルルは赤くなり、それを見て俺とラートとメルルは2人がお似合いであると揶揄った。
「ほらほら、お前ら戦うのか遊ぶのかどっちかにしろ。それで、どうするんだ?」
和んでいた空気がまた引き締まる感じがすると祖父が獰猛な笑みを浮かべながら威圧してくる。
「っ!?みんなー!行くにゃーーっ!!」
「うにゃー!」
「はあぁぁー!」
「わあぁぁー!」
上から順にラート、ナート、シルル、メルルは祖父の元に走り出した。俺はみんなが攻撃するまでなんとか意識が途切れるのを耐えようとするが、体力の限界が底をつきそのまま目の前が暗くなり瞳を閉じた。
「よく頑張ったな、リオ。」
「偉いわ、リオ。」
俺は頭に父のゴツゴツした掌が当たる感触と母に抱きしめられた匂いを感じ褒められた様な気がした。
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