2-28 友

探検の書

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「そんじゃ、まぁ、各自、身体をよく解して前回やった受身をやってから本題に入る。各自、行動開始だ」

「はいっ!」

「は〜いっ!」

「はいにゃっ!」

アラン祖父の指示に従い柔軟体操、ランニング、受身など前回行った事を俺達は思い出しながら行いアップを済ませる。

「よしっ! それじゃあ、まずは、格闘戦闘だ。基本的に格闘戦闘に限らず戦闘って言うのは、相手の急所を狙うのが効果的とされている。リオ、急所って何処か分かるか?」

「急所でしょ? 金的っ!」

男の急所の象徴となる金的を答えた俺は少し悪戯気味な表情で笑う。

「えぇ〜リオ〜。数ある急所で〜最初からお下って〜気持ち悪いんですけど〜」

隣に立っていたメルルが、俺から距離を取りドン引きしながら蔑む様な目で罵った。

「えっ? いや、でも、ナート君なら分かってくれるだろ? 同じ男として、数ある急所でも1番やられたくない所だし」

メルルにドン引きされる事まで考えていなかった俺は、少し焦り更に隣の同性に助けを求める。

「にゃはは……メルルちゃんには、悪いですけど僕も攻撃されたくないですにゃ……」

対応と返答に困ったナートは苦笑いを行い、最終的には同性の俺に味方した。

「ワッハッハ! おうっ! まさにその通りだ! 人の男に限らず、獣や魔物の雄だろうと金的攻撃は正に狙い目だ。ナート、何故だか分かるよな?」

「えーっと……その……とても痛くて、動けなくなるですにゃ……」

祖父に質問されたナートは、恥ずかしそうにモジモジしながらチラチラとメルルを見た。

「メルルは、どう思う?」

「えぇ〜アタイ〜女の子だよ〜。そんなの〜分かる訳無いよ〜」

眉を潜めて不機嫌になるメルルは、少し怒りながら祖父の質問に答える。

「そりゃそうだ。だがな、メルルに限らず、リオもナートもよく聞け。獣や魔物は俺たち人型の生き物とは違う見た目や身体機能をしている。だからと言って”持っていない機能だから”や”自分とは違う性別だから”分からないってのは言い訳だ」

「えぇ〜……それじゃ〜どうすれば良いの〜」

「色々経験して、想像しろ。相手にどの様な攻撃されたら嫌で、どう思うか。間違っていても良い。兎に角、考える事が重要だ」

「う〜ん……それじゃ〜相手は〜とても〜痛がって〜怒る……かな〜?」

「メルル、やれば出来るじゃねぇか! そうだな。ナートもメルルも正解だ。急所攻撃は、相手に大きな隙を作れると同時に、相手を怒らせ、攻撃をした奴に視線を集められる効果がある」

両手で拍手しながらメルルを褒める祖父は右や人差し指を立てながら、再度説明する。

「へっ? 注目を集める? どう言う事?」

「例える話をすると、ドラゴンが冒険者パーティー戦う状況があったとする。ドラゴンの目の前に、剣士や闘士が居て、離れた場所に魔法使いがいる状況だ。そこで魔法使いが、特級魔法以上を行使する時は、例え目の前に近接戦闘職が居ても、魔力の溜めを感知して魔法使いに狙いを定めるだろう」

「そうですにゃ。だってドラゴンからしたら、特級魔法は、とても怖いと思う筈ですにゃ」

「そうだ。だが、もし剣士が急所の眼を剣で切り裂いたら……どうなる?」

「あぁっ!? そうか! ドラゴンは、激怒して魔法使いよりも剣士に狙いを定めるんだ! そして、魔法使いは特級以上の魔法を撃つ為の時間を稼げるのか……!」

「まぁ、本当のドラゴン戦はそこまで単純じゃ無ぇが、大体そんな感じだな。」

「それは〜分かったけど〜急所って〜具体的にどこの事なの〜?」

「分かりやすい所は、頭と顔はほとんどだな。ほかには首、心臓、鳩尾、腹、金的が該当する。それ以外にも翼や尻尾、ゴーレムの様な魔核が有ればそこもだ。それ故に、攻撃は急所を当てれば大抵どうにかなる事が多い」

「た、確かに……尻尾は、鍛えようが無いですにゃ……」

尻尾を両手で持ちながら、顔を青くさせるとナートは身体を震わせながら、同意した。

「だか、同時に狙い過ぎも注意しなくちゃなら無ぇ」

「え〜? さっきと〜言っている事が〜違うよ〜? どう言う事〜?」

「つまり賢い奴は、自分の弱点や急所をワザと囮にして攻撃を誘い出し、相手なら攻撃を操ったりするって事だ」

「えっ? うわぁ……怖過ぎ……」

俺はワザと隙を見せてカウンターを狙う魔物を想像して背筋がゾッとした。

「うんっ? リオ、理解したなら答えてみろ」

「えーっと……言葉にすると難しいなぁ……前に爺ちゃんが攻撃の瞬間とした直後が、大きな隙だって言っていたよね?」

「おう、言ったな」

「それで、そこに完璧に攻撃が決まったって言う油断と相手の仕掛けた罠とかも含まれたら、避けようが無いなぁって思ってさ」

「おう! その通りだ。どんな武術の構えでも、戦闘の動きでも、隙と言うものは必ずある。だが、それをどう捉えるかは、本人次第だって事だ。」

「本人次第……てすかにゃ?」

「あぁ、構えや動きで出来た隙を”短所”と捉えるのか……それとも、攻撃を操る為の”長所”と捉えるかって事だ。それを踏まえてまずは”ゆっくり組手”を行う」

「ゆっくり組手〜? なにそれ〜?」

首を傾げながらメルルは祖父に疑問を投げる。

「その名前の通りだ。2人1組になって組手を行うが、勝ち負けが目的じゃねぇ。ゆっくりとした動きで殴る、蹴る、投げるなどの攻撃と防御や回避、受身などを積極的に挑戦して慣れる事が目的だ」

「組手なのに〜勝ち負けじゃなくて〜慣れが目的なの〜」

「そうだ。まずお前らは、戦闘経験を得る為に組手を行うんだが……お前らって殴り合い、取っ組み合いの経験が少ないだろ?」

「俺は無いね」

「アタイも〜」

「僕はラートと偶に喧嘩はありますが、それでも殴り合いはした事がないですにゃ」

「だろ? その状態でやってもあまり身に付かねぇよ。なら、いっその事、お互いに動きを指摘して考えながらやった方がずっと良い。特に、これはやっちゃいけないって事はねぇから、少しずつ速度を上げて行え」

「うん!」

「はいですにゃ!」

「分かったよ〜」

「ああ……ここからが、俺との約束だ。組手中は、相手に怪我を負わせても謝ったりせず、躊躇うな」

「えっ?」

「にゃっ!?」

「っ!?」

祖父が真剣な表情をすると敵意とは感じが違うが、それに似た威圧を放ち、俺達は祖父から目を離せなくなった。

「これは訓練だ。だが、訓練で出来ない事が実践で出来るほど現実は甘くねぇ。これで躊躇う様な甘い奴が、冒険者になっても直ぐに無駄死にするだけだ」

「「「……」」」

冷や汗をかき唾を飲み込む俺達は黙る。

「だが、組手が終わった後は、必ずお互いに握手をして謝ったりするなりして仲直りをしろ。組手中の恨み辛みを綺麗さっぱりする事だ。お前ら! 分かったか?」

「「はいっ!」」

「はいですにゃ!」

「よし! まずはリオとナート、俺とメルルで行う! 行動開始!」

「ナート君、よろしくね!」

「僕もよろしくお願いしますにゃっ!」

お互いにお辞儀をして、両手を顔と胸の間くらいの高さで少し肘を曲げて構えを取る。俺達は互いに互いを観察し合い、そのまま動きを止める。

一方、俺の身長は大体1m前後で下手な大人よりも確実に力強いが、目の前の修業仲間と比べると大差は無い。

ナートは俺よりも2〜30cm背が高く、痩せ型だが細マッチョで、腕や足のリーチの長さは俺よりもある。兄のラートと比べて運動が苦手な面もあり、足はそこまで速く無く、獣人族特有の尻尾と言う弱点を持っている。

「(ここまで不利になると……本来なら、ヒット-アンド-アウェイで小回りきく身体と速度を生かして翻弄がベターか? 殴る、蹴るは此方のリーチ不足で不利だから、投げと突進、超近距離で攻めるしかねぇか)」

「にゃっ!」

観察と探り合いをしている最中ナートは、意を決して左足で俺の右側頭部を目掛けてゆっくり蹴りを放つ。

「ふっ!」

右腕を盾にして守った俺は、そのままの勢いで左手で自身の右腕を掴み、ナートの左足を流しながら下に潜る。

「にゃにゃっ!?」

目をに開き驚きの声をあげるナートは直ぐ様左足を振り切って地面に着けようとする。

「ハァッ!」

初手でナートの予想を超えられた俺は、両手でその左足をしっかり持つ。

「にゃっ!? 離すですにゃ!?」

左足をジタバタ動かして、俺を振り払おうとするナートは、どうすれば良いのかひどく混乱している。

「隙ありっ!」

“スゥーーッ!”

右片足立ちでジタバタとするナートを見た俺は、持ち位置を変えて自身の右足で、ナートの軸足を蹴り上げる。

「させないですっ!」

“ブンッ!”

俺の狙いに気がついたナートは、ハッとした表情で左裏拳で振り払う。

「なっ!? うぐっ!」

“ガッ!”

ナートを転ばせる事に注視した俺は振り払われたナートの左裏拳に気づくことが一瞬遅れ、左頬に直撃する。

「にゃっ!? リオ君ごめ」

顔面に当たると思っていなかったのか。

そんなに強く当たると思っていなかったのか。

ナートは違った意味で驚愕し酷く焦燥とした表情を浮かべ早口で謝罪しようとする。

「そぉ〜れぇっ!」

“ブンッ! ガッ!”

ナートの謝罪を掻き消す程の雄叫びと共に俺はナートの右アキレス腱付近を蹴り上げる。

「んっ!? にゃ〜っ!? 痛っ!?」

“ドタッ! ドタバタッ!”

投げ技では無いが近い俺の蹴りにナートは宙を舞い背中から地面に落ちた。

「イタタっ……ナート君、大丈夫?」

ナートを蹴り上げた張本人である俺は、ナートの隣で一緒に地面に転がっていた。

蹴り上げる瞬間まで俺は、ナートの左太もも付近を掴んでいた。

しかし、ナートが地面に倒れる時に俺の首にナートの太ももにぶつかり、巻き込まれる形でそのまま地面に叩きつけられた。

「にゃ……にゃあ……無事ですにゃ。それにしても、リオ君、さっきのは狡いですにゃ! いくら勝負じゃ無いにしても最初は殴る、蹴るからやるですにゃ!」

俺の行動に怒りを露わにしたナートは珍しく顔を真っ赤にしながら怒鳴った。

「あはは……それについては、本当にごめん。でも、俺たちって体格差があるでしょ? それ考えたら、まともに殴る、蹴るをやるよりも投げの方がより実践向きだと思って挑戦したんだよ」

「にゃっ!? そ、それは、確かにそうにゃ……ごめんですにゃ……頭に血が上ったですにゃ。それよりも、顔を強く殴ってごめんなさいですにゃ」

俺の事情を聞いたナートは驚愕すると真っ赤だった顔色を戻し、今度は少し青ざめた表情をした。

「そんな事、気にしなくて良いよ。戦闘訓練なんだから顔面くらい普通に当たるでしょ」

「そ、そうですかにゃ……」

「それよりも、俺は違うところに怒りを感じているよ。ナート君、どこだか分かる?」

ホッとするナートに追い討ちをかける様に今度は俺がナートに怒りアピールをする。

「えっ? わ、分かんないですにゃ……何処か……ダメだったですかにゃ?」

俺に怒られる心当たりがないナートは狼狽えながら自身の記憶を思い返す。

「さっき爺ちゃんが言っていたでしょ? 組手中は躊躇うなって」

「えっ? あっ! いや、でも……」

「ナート君が優しくて、普段から俺みたいな年下にも気遣ってくれる事は本当に凄く嬉しいよ。でも、あの時に追撃を躊躇ったって事は、俺の事を対等な相手って思ってくれなかったんでしょ?」

「ち、違うにゃっ!? えーっと……その……うぅ……」

正しい思いを伝えようと酷く狼狽えて視線を左右に忙しなく動かすナートは、俯き目に涙を滲ませる。

「なぁ? ナート君……いや、ナート。訓練中だけで良いからさ、俺を対等な相手って見てくれねぇか? ナートが優し過ぎるって事は分かっているけど、俺の為って思って厳しくしてくれねぇか? 頼む」

俺はナートに使った事がない”佐藤翔太”としての言葉遣いで敢えて頼み事をした。

「リオ君……うにゃっ! 分かったですにゃ! 僕も君を何処か子供扱いしていたですにゃ! そこは本当にごめんですにゃ。だから、僕は君を、リオを対等に扱うにゃ! リオ、これからよろしくですにゃ!」

顔を上げて驚くナートは右手で涙を拭い、笑顔だが真剣な表情で立ち上がり、左手を突き出す。

「俺もナート君を一方的に責めてごめん。初手で反則まがいをした事も反省しているよ。だから、今度ともよろしくね」

突き出された手と握手する様に掴まり、立ち上がると俺はもう一度手を力強く握りしめた。

「リオ、僕を対等に扱うなら君付けはいらないですにゃ! ナートって呼び捨てで呼んでほしいですにゃ」

「分かった! 改めてナート、よろしくな!」

俺達は横になった地面から立ち上がりお互いに握手を行う。

「うん! それじゃあ、改めて組手をしますにゃ!」

「おう! いくぞ、ナート! ヤァーっ!」

“スゥーーッ”

本来の戦闘・組手であれば相手に掛け声を行う事はご法度である。

しかし、最初が最初だけに俺は一言ナートに言ってから右ストレートをお腹目掛けてゆっくりと殴るりかかる。

「フッ! にぁーっ!」

“バチンッ! スゥーーッ”

自身の左手で右手を払い、仕返したばかりに俺の顔面を右ストレートで殴りかかるナート。

「ナート! 投げるよ! ワザと掛かって受身とってみて! せーのっ!」

“ガッ! スゥーーッ! ブンッ!”

顔面にゆっくり迫り来る右拳を左腕で受け流しながらナートの懐に潜り込む。

そして勢いを利用しながら右手で首元を手繰らさせる様に握り、左腕でナートの右腕を抱える様に持ち柔道の内股を仕掛ける。

「分かった、にゃ〜っ!? ぐぇっ……次は、僕が投げるから、受身を取って欲しい、にゃ!」

“ドスンッ! ブンッ!”

「分かった、けど、この体制からどうやってぇ〜っ!?」

“グッ! ブンッ!”

受け身損ねたナートが地面に座りながら、投げる宣言を行う。

その瞬間、俺はナートの首元から手を離す。

だが、逆に俺の首元に右手で手繰る様に握り、自身の左手を俺の股に通して、そのまま力技で投げる。

「ひっ!? チクショー! 間に合ぐえっ!?」

“ドタッ! ドタドタッ!”

放物線を描く様に高く舞い上がる俺は、徐々に顔面に近づく地面に最悪の事態を想像して顔を歪める。

顎を引き、背中を丸め、両手を地面に着けて受身を試みる。

しかし、緊張で腕を伸ばしっぱなしで地面に着いた俺は、背中から落ちる逆立ちの如く、勢いを殺せず尻と足から落ちて受身を失敗した。

「イッタ!? うおぉ……痛た……」

「だ、大丈夫ですかにゃっ!?」

右側臥位で尻と足を両手でさする俺に急足で近づくナート。

「お、おう……だ、大丈夫……だよ……。ナートは無事?」

「僕も痛かったけど、何とか……大丈夫ですにゃ」

「そう……なら良かった。しばらく、投げを中心にやって、受身の練習をした方が良いと思うんだけど……どう思う?」

「(さっきの受身……絶対に腕を伸ばしっぱなしと両手のみで受けた事が原因だよね……あそこで片腕を曲げて手と腕の2つ使って受けた方が勢いを殺せるし、失敗したなぁ)」

「賛成ですにゃ……ゆっくりやっても受身が取れなかったですにゃ……」

「うん、その意見に賛成。それじゃあ、続きをやろうか?」

「そうですにゃ」

俺達は祖父の合図が終わるまでお互いに動きを指摘しながら色々と挑戦した。

 

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