「マルギットさん、開店前にリゴンパイを提供して頂きありがとうございました。とても美味しかったです。」
俺はお昼前で小腹が空いていたのかリゴンパイを完食出来た。しかし、俺は猫舌な為に二口目以降は息で”ふぅーっ!ふぅーっ!”しながら食べた為に時間がかかった。そして食べている最中にお店が営業開始してお客さんも雪崩れ込むように入って少し店内はバタバタと忙しさを見せた。その為に俺はカウンター前で立ち上がり長話しないようにお礼をした。
「うふふ。それなら良かったわ。」
「それでは、俺はこれで失礼しますね。」
俺は忙しい中俺の為に時間を割いてくれたタペストリーのみんなに再度頭を下げた。
「またいらっしゃい。私の作るリゴンパイ以外にもシスの異国の料理やクレイのお菓子も美味しいから是非食べてみてね。」
マルギットは俺が頭を上げると笑みを浮かべて右手を胸の前で振り、しっかりとこのお店のアピールもしてきた。
「はははっ。分かりました。今度も楽しみにしていますね。それじゃあ、また食べに来れる様にギルドで依頼を貰って来ますね。」
俺は食べた後に他のおすすめ商品を言うマルギットに胃袋を掴まされたりと言わんばかりにお腹をさすりながら商売上手だと笑い、俺も右手を上げて”バイバイ”と手を振った。
「気をつけてね。クレイ!シス!リオ君が帰るから挨拶しなさい!」
マルギットは接客中のクレイトンと厨房で料理中のアレクシスに大きな声で俺が帰る事を伝える。
「2人とも忙しそうだし挨拶はまた時間があったらで良いよ!それじゃあクレイ姉ちゃん、シス兄ちゃん今日はありがとうね。また来るよ。」
俺は流石に働いている2人の邪魔になりたくないから2人の顔を交互に見ながら軽く挨拶をする。
「おう!悪りぃな!またな〜リオ。次は俺の料理も食ってみろよ。腕によりを掛けて提供するからな!」
アレクシスは厨房からヒョッコリ上半身のみを出して右手に金属製のお玉を持ち、それを左右に降るように挨拶をする。
「またね〜リオ。私も母さん達と比べてまだまだ未熟だけどお菓子作っているから良かったら注文してね〜。」
お客の注文を厨房に伝え終えたクレイトンは左手を左右に振り”バイバイ”と笑顔で挨拶をした。
「うん!勿論その時はよろしくね。またね〜。」
俺はタペストリーのみんなに最後にもう一度別れを告げてギルドに向かった。ギルドに着く頃には漸く昼食の時間を伝える鐘が鳴り響いた。昼頃のギルドには冒険者がほとんど居なかった。その代わりに依頼者である一般人や商人の様な人達が受付前の待合椅子に腰掛けていた。俺は受付にいるエリーさんを見かけたので依頼を受けに並んだ。
「こんにちは!依頼を受けに来ました!」
「あら、フィデリオ君…だったっけ?いらっしゃい。今日はどんな依頼を受けたい?」
エリー受付嬢は一瞬俺を見て名前が合っているか自信ないのか疑問系で質問した。
「そうです。フィデリオで合っていますよ、エリーさん。えーっと、前回は神殿で草刈りをしたので今度は別の依頼を受けたいです。何か良い依頼はありますか?」
俺は見習い時代とは挑戦する期間だと思っている為に色々な経験を積む為にエリー受付嬢に何か無いか質問した。
「そうねぇ、……。これなんて如何かしら?溝掃除なんだけど受けてみない?」
エリー受付嬢は悩みながら手持ちの依頼書を確認し俺に合いそうな依頼を見繕ってくれた。
「溝掃除の依頼ですか〜。やってみたいですけど、俺素人なんで難しいことは出来ないですよ。」
俺は前世の経験から掃除の奥深さと言うか難しいイメージがあり念のためにエリー受付嬢に伝えた。
「そんなに難しくは無いわ。スコップで溝に溜まっている泥やゴミなどを取り除くのよ。そして取り除いた物を荷車に乗せて共有汚物場に持っていくのよ。」
「それなら出来そうです。依頼内容の詳細はどんな感じですか?」
「中央地区による作業で日数は10日間。報酬は出来た分だけの支払いで100mで2000ロブ。また、最終日は10m単位での支払いになるわ。スコップや荷車は依頼主から支給されるから安心してね。住民の為にもなるし良い経験になると思うわ。どうする?」
「その依頼受けます!」
(正直言って10日間の拘束期間があるのは少し痛いと思けど、報酬額が良いねぇ。多分だけど値段が高いのもどうせ前世の3k”キツイ・汚い・臭い”とかだろうが、元特養の介護職員を舐めんなよ。そんなのあの頃は日常茶飯事だったわ。)
俺は即断即決で依頼を受けることにした。内心では”勝った”と何に勝ったかわからないけどガッツポーズをしながら謎の対抗心を燃やした。
「それでは手続きするね。中央地区の依頼だけど依頼人のシュトレインさんと言う男性は城内にいらっしゃるから今日のうちに挨拶と依頼内容の確認をしておいた方がスムーズよ。」
「えっ?城…内…ですか?えっ?それって…王城の?」
俺はエリー受付嬢から伝えられた依頼主が王城で働くエリートだと知り、それまでの対抗心は消え思考は止まり言葉を詰まらせながら聞き返した。
「それ以外この近くにお城ってあるかしら?」
エリー受付嬢は俺の反応に面白く思ったのか、それとも彼女の性格なのか分からないが、少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
「あの〜もしかして…依頼主のシュトレイン様ってその〜貴族〜の方だったり、偉い方〜だったりします?」
俺はエリー受付嬢の笑みに少し怯えながら小声で自信なさげに冷や汗をかきながら質問した。
「ゴホンッ。いいえ、シュトレインさんは平民の出よ。でも王都環境省長官を務めているわ。誠実で穏やかな性格の方だから多少失礼をしても許して下さるわ。」
エリー受付嬢は右拳を作り口元に当てて咳払いを行い俺たちの空気を一変させ、優しい笑みを浮かべて答えた。どうやらさっきの笑みは俺の反応で遊んでいたみたいで少し怯える俺をとても励ました。
「大丈夫…でしょうか…。一気に不安になって来た…。」
俺はエリー受付嬢の表情と言葉に少し冷静さを取り戻すが、緊張が相まって再び不安になった。
「フィデリオ君なら大丈夫よ。今までの会話でも問題ないし、初依頼の依頼で特別報酬を貰えたんですもの。」
「それは…多分、依頼人の方が祖父と友人だったからそれが原因で偶々だと思います。」
俺はエリー受付嬢の励ましの言葉にあくまでも自分の実力では無い事を告げて自身の過大評価を訂正しようとした。
「それでもよ。神殿はね、寄付と治療費で運営しているのよ。その為に無駄な出費はしない事で有名なのよ。そんな神殿の依頼で高い評価を貰えている君は信頼出来るのよ。自信を持って。」
「はぁ、そうですか。うん、分かりました。それでは精一杯やってみます。」
俺はまだ少しエリー受付嬢の言葉に納得が行かなかったが、ウジウジしていても相手に迷惑だと思い気持ちを切り替えて依頼を受ける事を決意した。
「それなら良かったわ。頑張っていらっしゃい。シュトレインさんは貴族街前の番兵さんに割符を渡せば会える様に手続きしてくれるわ。」
俺はギルドを出て王城へ続く大通りを真っ直ぐ向かった。今更であるが、冒険者ギルドは迷宮王国アローゼンと親密な関係にあるのか王城から割と近い。ギルドから10分もしない内に貴族街前番兵所がありそこから更に貴族街を抜けると城壁前番兵がある。その先に王城があるのだ。
俺は貴族街前番兵所にある列に並んだ。ここでは身分証明書と犯罪歴、要件などが調べられる。身分証明は貴族証やギルドカード、ステータス表示などを行う。犯罪歴に関しては専用の魔道具があるらしく、構造は無属性の契約魔法を応用している。名前は”真実の水晶”と呼ばれ見た目は透明な水晶だが、使用者が触れることで青く変色し虚偽の発言をすると赤く変色する魔道具だ。尚貴族は貴族証の提示で優先して出入りでき、調査も免除される。
俺の前にいた人達およそ5人程度が要件を済ませて俺の番が来た。門番が此方に来るように促した為に声の主を見上げると赤い髪で整った顔若い青年男性だった。
「次!小僧、要件はなんだ。さっさと言え。」
「あっ、はい。冒険者ギルドの依頼で環境省長官のシュトレイン様に会いに参りました。此方が依頼者と割符です。」
俺は赤髪の門番が何か薄汚い物を見る時の様な見下した表情とキツイ言葉遣いに若干驚きながら依頼を伝えた。
「チッ。あの雑用への用事か…。では、小僧。何か身分を証明できる物を此方に渡せ。そして、真実の水晶(これ)に触れて私の質問に即座に答えろ。貴様は何者だ?」
赤髪の男性は俺の依頼主であるシュトレインを敬う事をせず、逆に”雑用”と侮蔑した表現をした。
「はい、俺のギルドカードと魔道具の割符です。えーっと…こうかな?僕は冒険者ギルドに所属している見習い冒険者のフィデリオです。」
俺は初めて見た新しい魔道具に少し戸惑いながらも指示通り従い質問に答えた。
「次、何用で此方に来た。」
赤髪の門番は俺が魔道具に触れる前に言ったことを疑っているのか再度同じ質問を行う。
「はい、依頼で環境省長官のシュトレインさんに会い仕事の打ち合わせに参りました。」
俺はキツイ口調と俺に向ける視線というか表情というかを除けば意外と職務に忠実な人だと感心しながら素直に答える。
「次、貴様は法を犯し捕縛経験はあるか?」
「無いです。」
「チッ変化なしか。オイ!クレイド!魔道具の割符(これ)をあの雑用の元に持っていけ!」
俺は赤髪の門番が見下した表情や視線を向けたまま質問した事に素直に答えただけである。しかし、相手はそれを不服とし舌打ちをする。そして、赤髪の門番は後ろを振り返り白髪の男性”クレイド”と呼ばれる門番に代わりに届けるように命令した。
「わっかりやしたー。」
クレイドと呼ばれた門番は呆れた表情で赤髪を馬鹿にしている返事を返し、魔道具の割符を預かり走り去った。
「チッ。平民が…。おい、小僧。次が居るからさっさと失せろ。」
赤髪の門番はクレイドの返事に更に苛ついた表情を浮かべて舌打ちをする。そして視線を俺に向けると首を左向きにクイッと向けて”邪魔だ”と言わんばかりの動きをした。
「えっ?でも、俺のギルドカード返して貰っていませんし何処で待…」
俺は赤髪の門番の対応に驚きつつも冷静にギルド証の返却を求めた。
「2度も言わせるな。チッ。これを持ってその辺にいれば良いだろ。さっさと失せろ!」
赤髪の門番は質問を返そうとする俺の言葉に被せるように発言して、俺の胸に目掛けてギルドカードを投げつけて返却した。
「あぶなっ!…はい、はい、直ぐに退けますよ。…んだよ、俺が何したってんだ…。」
俺は咄嗟のことで左腕で胸に向かってくるギルド証から守り弾く事に成功した。そして地面に落ちたギルド証を拾い小声で文句言いながら門の近くの右側の城壁を背に地面に座って待つ事にした。
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