「……あ、あぁ……ここ、は、俺の部屋か……?」
「(最近……って程でもないけど、意識失ってから自室のベッドで目が覚める事が割とある気がする。にしても、腹減ったなぁ……アレから、どのくらい経ったんだ?)」
身に覚えがありすぎる天井、家具、部屋の全体像から愛着ある俺の部屋だと理解すると俺は、ベッド上で負傷した左肩、左足、顔などを触り現状を確認する。
「(とりま、怪我は完治している。左腕は動きに支障は無いし、怪我した箇所は痛みが無い。あ、でも左肩は、傷痕がガッツリ残っているなぁ。そうなると顔もか? 後で鏡で確認するか……)」
着ている服の左肩部分を捲るように確認した俺は、グレイウルフに噛み砕かれた傷痕が残っている事に気が付き、ふと顔に触れる。
「でも、まずは飯だ。飯が食べたい。腹減ったなぁ」
しかし、顔に傷痕があっても元々イケメンでも無い為に気落ちせず、空腹の限界に到達した俺は、起き上がり食事部屋に向かおうとした。
「ーー!? おわっとっと!?」
立ち上がった瞬間、急に目の前が赤黒の斑点模様に見えるようになり、平衡感覚を失った身体はバランスを崩し床に倒れ込んだ。
“ドスンコッ!”
「あ、イタタ……。そう言えば、俺、出血が酷かったんだっけ……回法って、もしかして傷は治せても失った血液までは無理なのかもな……」
グレイウルフとの死闘による重傷の傷が癒えた事により俺は、勝手に完全回復したのだと勘違いしていた。
それによっておきた転倒の原因は、疲労と言う線も考えられるが、この場合は急に立ち上がった事による貧血だと思われる。
“ダッダッダッ! バタンッ!”
廊下を走る複数の足音と同時に部屋の扉が急いで開かれるとそこには、焦燥とした表情の両親がいた。
「ーー!? リオ!」
「リオ!」
ベッドから少し離れた位置で四つん這いになっている俺を見た父は目に涙を溜めて驚く。
母はすぐ様俺をギュッと抱き締めると、父も母ごと俺を抱き締めた。
「うわっ!?」
「リオ! リオ! お前っ! この、心配かけやがって! この野郎!」
「でも、目が覚めて、生きていてくれて、良かったわ……約束を守ってくれて、ありがとう」
「と、父ちゃんも母ちゃんも、ちょっと痛いよ! でも、ただいま!!」
「(ああ……やっぱり、俺は幸せ者だ。俺の為に本気で泣いてくれる人がいる……本気で心配してくれる人がいる。俺を転生した神様……居るか分かんないけど、ありがとう。俺は、幸せです)」
急に抱きつけられた苦しさや痛みを感じたが、手が震え嗚咽を漏らす両親の温かさに触れて、次第に俺自身も心が暖かくなった。
「ああ……」
「ええ……」
「「おかえり!!」
こうして、ようやく俺は家族の元に帰って来れたと実感が持てた。
そのまま、しばらくの間お互いに抱擁と涙を流して抱き合っていたが、俺の空腹音を皮切りに食事部屋まで父が俺を背負い連れて行った。
「そう言えば、アレから俺はどのくらい寝ていたの?」
食事席に着くと母は料理の途中だったのか台所で料理を再開して忙しかったので、俺は目の前の父にグレイウルフとの激戦からどれだけ時間が経ったか気になっていた。
「うん? ああ、そうだな……大体まる1日だ。回法を行い傷を癒したが、目を覚さなくてな……俺達はお前がこのまま目が覚めなくなるんじゃねえかって凄え心配していたんだ」
鼻水を”ズズズッ”と啜り、目を真っ赤にした父は、少し照れながら視線を外す様に言う。
「えっ? 回法ってたくさん出血した後でも、回復すれば目が覚めるの? 普通に貧血とかで直ぐには起きれなく無い?」
しかし、俺は父の言う回法の効果だと回復後に貧血にならないと言う部分に違和感を覚え、眉を顰めた。
「そう言えば、お前は回法の回復する原理は、知らなかったなぁ。まず、回法はどうやって回復をすると思う?」
「えっ? う〜ん……魔法みたいに仰力を消費して回復するんじゃ無いの?」
今更すぎるが”仰力”と言う前世の二次元知識では、見たことも聞いたことも無い謎の力であるが故に、どの様にして扱えば良いのかまるで検討が付かなかった。
「不十分だな。魔法と同じで仰力を消費するのは、合っているが、実はもう1つ消費するモノがある」
「それは……一体?」
「ステータスの力量の中にある[筋力]だ」
「えっ!? そうなの!?」
“仰力”と”筋力”と言う絶対に関わり合いがなさそうな組み合わせに俺は思わず、大声をあげてテーブルに身を乗り出す程驚愕した。
「ああ、仰力を使う事で回復対象の筋力に干渉して、それを対価に自己治癒能力を高める事が、回法の原理だ」
「へ〜そうなんだぁ。って言う事は、俺ってかなり筋力が減ったのかなぁ」
「(まあ、命あっての物種だから仕方ないっちゃ仕方ないけど……今までの努力の結晶だったからなぁ。もう少し上手い立ち回りをするんだったなぁ)」
グレイウルフ戦後の俺の状態は恐らくは瀕死の状態であり、出血多量も相まって直ぐ様対処しないと死んでいた可能性があったから回復自体には、後悔はなかった。
しかし、俺自身も回復が出来る両親が近くにいる前提で戦って無茶をした部分を気付かされ、今後の戦闘で注意しようと反省した。
「そんな事はない。回法による治癒は、骨折位までは筋力を消費せずに治癒は出来る。筋力が消費されるのは例えば……片腕が切り落とされたとか、内臓が破裂したとか身体が激しい損傷や深い傷を負って、元の状態に戻す時に消費される」
「あ、じゃあ、俺の左肩に傷痕があるのって……」
少しだけ先走って勘違いを起こした俺は、自身の服を捲る様にして左肩の傷跡を確認する。
「そうだ。左肩は傷が深過ぎたからな……回復しても筋力の対価が無しでは元には戻らなかった。それで、リオ、どうする?」
「えっ? どうするって……何が?」
「お前が良いなら俺が、お前の筋力を対価に傷跡を消してやるが、どうする? お前が決めろ」
「なら、別に良いや」
父から筋力を対価に肩の傷跡を消すか否かの選択を迫られた俺は、傷跡を消さない選択をした。
「本当か? その傷跡なら、対価も少ない筈だ。それに別に手間じゃないから、遠慮なんてすんなよ」
「遠慮じゃないよ。別に、肩の動きに支障は無いし、あの戦いで俺はまだまだ弱いって分かったから少しでも筋力を下げたく無いんだ」
左肩をグルグル回して身体の動作確認をするが、痛みや動かし辛さなどの違和感は無く、本当にただの傷跡があるだけな為に俺は父の提案を拒否した。
「そうかぁ……」
「それにさ、変な話かもしれないけど、俺にとってこの傷は、あの戦いは一生覚えておきたいんだ。あのグレイウルフを殺せた事は、俺にとって、なんて言うか……誇らしいんだ」
「誇りか……ああ、分かるぞ、その気持ち」
「他の人にとっては、高々グレイウルフ程度って思うかもしれないけどさ……俺にとって奴は、強敵だったんだ。だから、これからもずっと覚えておきたいんだ」
「そうか……」
グレイウルフとの戦闘を思い出す度に、俺は不思議な感覚を覚えた。
確かに、戦っている最中は奴を憎たらしく思い、痛みで恐怖と殺意に飲まれていた。
しかし、いざ終わってみると新しい自分になれた、修行の成果を感じられたと言う成長を感じさせてくれた感謝に似た、プラスの感情が俺の心に芽生えていた。
そして、思い出に浸る俺は、戦闘前に自身のやる気を上げる為に突発的に思った日記という名の自由帳を買って貰う事を思い出しどう切り出せば良いか目を泳がせる。
「そ、それで、あの〜」
「なんだ? 何か欲しいモノがあんのか? 遠慮せずに言えって! 何でも買ってやっからよ」
「えっ? そう? なら、日記を書く為の本と筆が欲しいんだ」
この世界と言うか時代における本の高価さと無遠慮に頼み込む俺は、申し訳なさと恥ずかしさの板挟みになっていた。
「日記? 遠慮すんなって! お前の身の丈にあったモノなら武器や防具を買ってやるぞ」
「いや、武器や防具は、父ちゃん達から貰った槍や剣鉈をしばらく使うから大丈夫だよ」
「そうか? なら、何で日記が欲しいんだ?」
「グレイウルフと戦って、昨日までの俺と今日の俺って多分だけど違うと思うんだ……それで、新しい一歩? を踏み出したから、特に本や筆に拘りは無いけど、これまでの事も、これからの事も記録に残して覚えていたいんだ」
自分が異世界の日本と言う国で生まれた事も、50年近く労働と病気の末に死んで転生を果たしたことも、年取っていく内に忘れて全て妄想だった思う可能性を感じた俺は、恐怖に似た焦りも少なからずあった。
今更、故郷に帰りたいとも思わないし、特別な人を置いてきたと言うほど人との関わりは無い。
しかし、自身がこの世界の異物感が完全に拭えない現状で、その理由を忘れる事は出来なかった。
「ワッハッハ! それは良いな! なら、今から俺が買ってきてやるよ! と言う事で、母ちゃん! 俺は今から少し買ってくる! その間、リオは母ちゃんの飯を食べてあった話し相手を頼むな」
「アンタ! ついでに、保存庫の調味料や食べ物の補充も頼むね!」
「おう! 確認してから行くわ!」
母に買い物を頼まれた父は、いつもの元気で笑顔な表情を浮かべ駆け足で家を出て行った。
「(あ、そう言えば、結局あの立ちくらみは何だったんだろうなぁ。貧血じゃないっぽいし躓いただけか?)」
父が出て行く事で意識を切り替えることができた俺は、ふと自身が倒れた瞬間に見た貧血の様な何かに首を傾げたが、考えたところで答えも出なかったので忘れる事にした。
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