「うげ〜不味い……この味、慣れるかなぁ」
苦味を凝縮したポーションを一気飲みした俺は、酸素欠乏や魔力酔いとはまた違った気持ち悪さに顔を顰めた。
「あはは! まあ、この味が嫌なら訓練して早く強くなるか、お金を貯めてアリアのポーションを買うかのどっちかだよ」
「えぇ〜俺って、孫だからさ〜値段とかまけてくれないの?」
「確かに私の稼ぎもあるから、家族値引きも可能だけど……そうして欲しいかい?」
手を膝に当てて前屈みになる祖父は、微笑みながら俺の顔を覗き込むように見た。
「いいや、冗談だよ。確かに、安く手に入れられたらそれに越したことはないよ。でも、それ以上に労働には正当な報酬があるべきって思うから、流石に嫌だよ」
「あはは! まあ、私が良くてもその辺りは、アリアが許さなかったと思うよ。でも、そうだなぁ、大きく育って良かったよ」
大きく笑った祖父はそのまま俺の頭を撫でた。
「見習いだけど俺も冒険者だぜ。これでも、ちっぽけだけど誇りだってあるんだ。いつまでも、そこら辺の子供じゃないって事だよ」
祖父に頭を撫でられ恥ずかしくなり、頬を赤くした俺は、そっと撫でられた手を右手で振り払い、不敵な笑みを浮かべて祖父を見上げた。
「あはは! それは、それは。それじゃあ、期待しているよ」
「おう! 失望されない様に努力するよ」
右拳を作り高く上げた俺は祖父に誓いを立てる様に自然な笑みを浮かべた。
「キャーッ!」
“ドスンッ!”
メルルの悲鳴と地面に叩きつけられる音がした為に俺は急いで振り向くとメルルは尻餅をついていた。
「メルルちゃん、大丈夫かい? 怪我はあるかい?」
焦る俺とは対照的に祖父は声を落ち着かせながらメルルの無事を確認する。
「いたた〜。もうちょっとだったのに〜」
右手でお尻をさするメルルは悔しげに笑う。
「メルルちゃん、お疲れ様。惜しかったね。立てる?」
祖父の冷静さ、メルルの苦笑を見た俺は、それまで感じた焦りが無くなり、冷静にメルルが魔法を的に当てられなかった事をしり右手を差し伸べた。
「キースさんとリオ〜ありがとね〜。足の踏ん張りと〜片手撃ちがダメだったわ〜」
立ち上がったメルルは、両手で服に付いた土を払いながら、反省する。
「それな。俺も途中で片腕が折れるかと思って、土壇場に両手打ちに切り替えたら、負担が分散して扱いやすくなったよ。まあ、ほとんど誤差だったけど」
「そうなの〜後で試すわ〜」
「それよりも、怪我しているかもしれないからポーションを飲むんだよ」
「スッゲー不味いから、女の子のメルルちゃんは、涙ポロポロと泣いちゃうかもね」
祖父からメルルに手渡された苦マズポーションを見た俺は、ニヤニヤと笑いながら不味さを教えた。
「揶揄うなら〜怒るよ〜……うげ! 不味い!」
眉を潜め、ムッとした表情のメルルは冗談だと判断するが、一口のみ表情を歪めた。
「ぷっくくく……だからそう言ったのに」
体を震わせながら、顔を背けた俺は左拳を口に当てて小さく、堪える様に笑った。
「もう! 忠告ならもっと真剣に言ってよ!」
赤面したメルルは、その場で地団駄を踏み悔しげな怒りを表した。
「はいはい、ごめんごめん。それよりもメルルちゃん、爺ちゃんの質問に答えていないよ」
「全くもう……取り敢えず腕とお尻に〜痛みがあるけど大丈夫そうです〜」
ため息を吐き落ち着いたメルルは、さっきまでとは打って変わり平常時の口調を取り戻した。
「それなら良かったよ。まだまだ”ポーション”も”魔力ポーション”も的も用意があるからどんどん練習すると良いよ」
「分かった〜」
「爺ちゃん、ありがとう」
「さてと、ナート君は……うん、案の定、酷い顔をしているよ」
祖父がナートの方を見るに釣られて顔を向けた俺たちの視線の先には、頭から滝の様に流れる汗と泣きそうな程に顔を歪め、息が上がっているナードがいた。
「ハァーッ! ハァーッ! にゃあぁぁぁ! 頭が〜背筋が〜ゾクゾクして気持ち悪いにゃ……」
赤色の魔法陣を形成しては、顔を更に歪め、魔法陣が崩れ消えて、再度詠唱するを繰り返したナートは、今にも倒れそうな程にフラフラとしていた。
「(ナート頑張って!)よし、俺の休憩終わり! ナート! 俺は先に行く! だから、早く追い付いて来いよ!」
これ以上なく頑張っているナートに頑張れと無責任な事を言えなかった俺は、心の中で応援しつつナートに発破を掛けて、昂る負けず嫌いの感情を抑えた。
「にゃあ! リオなんて、直ぐに追い抜いてやるにゃ! だから、もっとゆっくりしているにゃ!」
膝に手を置いて激しく呼吸をするナートは、顔を上げ俺を見ると不敵な笑みを浮かべた。
「はっ! 嫌なこった!」
両手を胸の前で組んだ俺は、ナードの言葉を顎を上げて鼻で笑い挑発する。
「2人とも〜負けず嫌いだね〜」
「メルルちゃんもだにゃ!」
「うふふ〜やっぱり分かる〜」
ポーションを飲み切ったメルルは、目をギラつかせながら、ほとんど休憩なしで訓練に再開する。
「あはは! 3人ともまだまだ、時間はあるから無理しちゃダメだよ」
「爺ちゃん、勿論だよ」
「うふふ〜勿論よ〜」
「もち、ろん、にゃ!」
右腕を上げてガッツポーズを取る俺、腰の後ろで手を組み笑うメルル、汗だくで今にも死にそうな程フラつきながら笑みをこぼすナートは、祖父に返事をした。
「うん、その意気だよ。”限界を決めるのはいつも自分自身”だよ。それを常に心に留めておくように」
俺たちの表情に満足げに笑う祖父は俺たちは助言を行った。
「(限界、限界かぁ……限界に挑戦出来る今の環境は、きっと恵まれているんだろうなぁ。それに、獣人種のナートがあんなに苦しげに挑戦しているのに、妖精種の俺がアレ以上の挑戦が出来ない道理はない! それに好敵手(ともだち)として、男として負けたくない!)」
再度ナートとメルルを見た俺は、負けん気全開でさらなる挑戦をしようと自身を鼓舞した。
「うし! やってやんぞ! ”我願う! 水の属性魔力よ! 両手に収束し放たれよ! ラジエイトウォーター!”」
“シュゥーヒュゥー”
「(クソ! やっぱり、”ラジエイトソイル”に比べて魔法陣形成と魔力収束速度が遅いか! それにさっきに比べて段違いにやり辛い!)」
ラジエイトソイルとは打って変わり最初から両手を前に突き出した俺は、今度は”下級魔法ラジエイトウォーター”の魔法陣展開を行う。
しかし、土属性ではない魔法な為かスムーズに出来た放射(ラジエイト)系の魔法陣と収束速度は先のものに比べてのんびりである。
更に土属性魔力が収束する時に感じられなかった、無意識に身体から勝手に溢れ出る土属性魔力を抑え、取り除く事で集中力と共に疲労感が増して感じられた。
「(た、溜まるのが遅い……多分、さっきの1.5倍は時間がかかったぞ! でも、これで撃てる! そして、撃つときは、肩幅に足を開いて腰を低くしてみよう)」
青色の魔法陣に水属性魔力が溜まり切ったのを感じた俺は、ラジエイトソイルを撃った時の反動で身体が吹っ飛ばされた事を反省として、吹っ飛ばされる前提の放射態勢を取り試した。
“ドゥーンッ!”
「(ヨシッ! ラジエイトソイルに比べて腕の痛みも反動の吹っ飛びも許容範囲内……だ……は?)」
“スズッズッ”
勢い良く放射された魔法は、土のそれとほとんど同じ様に放たれた。
腕にかかる負荷も骨が軋み折れそうな痛みから筋肉痛の様な痛みまで軽減し、腰を低くしたお陰で反動もそれほど辛くはない。
しかし、ここで予想外の出来事が起きた俺は、目の前の現実が受け入れられず思考が止まった。
的を目掛けて一直線だった水流は、その手前で急激に下へ、下へとそのままの勢いで制御を失い、地面に落ちていった。
「はあっ!? ちょっ!? なんで落ちん!?」
“ズドンッ!”
「ぐっ!?」
地面と激しく衝突した水魔法は、的の前の地面を抉り削り勢いを殺す。
俺は放射の反動と地面衝突の衝撃を一身に受け、両足の踏ん張りも虚しく後方に大きく吹っ飛ばされる。
“ドスンッ! ゴロゴロゴロゴロ”
顎を引き、空中で左手を振る事で受身の体制に入った俺は、そのまま勢いを殺す様に地面に転がった。
「リオ!? 大丈夫かい!? 怪我は!?」
メルルの時とは対照的に大声で焦りを見せる祖父は、急いで俺の元に駆けつけた。
「痛〜っ!? ちょっと、右手首と左腕を痛めた。でも、地面に叩きつけられる時に受身をしたから他は……大丈夫……だと思う」
起きあがろうとする俺は、右手を地面につけると突然針で刺された様な痛みを感じ確認する。
右手首は青っぽくなり腫れていて、怪我と焦りで興奮の所為か”ドッドッドッ”と心臓が高鳴り、体が燃える様に熱っぽかった。
右手首の怪我は水魔法の反動と衝撃を回避する姿勢を身体が咄嗟に行った為に、利き腕である右腕に瞬間的な負荷が掛かった事による怪我だ。
「両手を見せるんだよ」
「はい」
「右手首は……腫れているね。それに患部が少し青っぽいけど、周辺の骨を触った感じだと骨折ではないよ。左腕も同様で少し青紫色しているけど恐らく打撲だよ」
俺の右腕をまるでガラス細工の様に扱う祖父は、指や甲、腕に力を入れながら触り俺の反応を確認する。
「ふぅー良かった〜痛っ!?」
「でも、怪我である事には変わりないからポーションは必ず飲むんだよ」
「リオ!? 無事かにゃ!?」
「大丈夫っ!?」
先程とは色の鮮やかさが違う黄緑色に近いポーションを祖父は、取り出すとガラス瓶の封を開けて俺に渡した。
そして、俺の音を聞いて駆けつけたナートとメルルは、心配そうに駆けつけた。
「あっうん、2人とも大丈夫だよ。ごめんね、訓練を中断させちゃって……あっこれ、さっきのよりも飲みやすい」
好敵手達の訓練を中断させてしまった申し訳なさと俺を心配そうに駆けつけてくれる嬉しさに、俺の気持ちはごちゃ混ぜになり、なんとも言えない表情を浮かべた。
さらに拍車をかける様に飲んだポーションは、フルーティな青汁っぽい味わいで後味もスッキリしていた。
「流石に怪我したからね。迷宮産の癒し草を使ってアリアが調合したポーションは、美味いだけじゃ無くて回復効果も高いんだ」
「うん……まだちょっと痛いけど……凄いなぁこのポーション……ほとんど治った。まるで”教会の奇跡”の様だ」
青く腫れていた右手首を見ると腫れ少しずつ引き、色も他の肌と同じ色に戻る光景を見た俺は、母に回法をかけられた時の事を思い出した。
「彼らの奇跡ほどじゃないけど、迷宮産の癒し草は一般のものに比べて高いからね。それで、話は変わるけど君は、なんで水魔法を使ったのか聞いても良いかい?」
土魔法から慣れるように言われていた事を無視して水魔法を使った俺を咎めるような視線で祖父は見た。
「ゔっ! が、頑張るナート達に負けたくないから、その、俺も挑戦しようと思いまして……」
痛いところを疲れた俺は、視線をあっちこっちに移動させて、声も段々小さくなっていった。
「はぁ〜。まぁ、怪我も軽症で済んだし、挑戦の最中に起きた出来事だからこれ以上の説教はしないよ。でも、これだけはよく覚えていてよ。さっきの失敗で、もしナート君やメルルちゃんに当たっていたら、間違えなく殺していたよ」
「っ!? ご、ごめんなさい。2人とも、本当に、ごめんなさい」
祖父に最悪の状況を告げられた俺は、そこで漸く事の重大さに気が付き、青ざめる。
「うん、まぁ、当たりそうになっていたら私の魔力で、支配していたからこの訓練中は、そうはならないよ」
「僕は気にしていないにゃ。それに、リオの気持ちも分かるし、そんな風に思っていたなんて、嬉しかったにゃ」
「アタイも〜気にしていないよ〜。でも、折角だから〜今度の買い物で魔物革の鞄が欲しいな〜なんて〜?」
1人思い詰めた表情をする俺を見たメルルは、気分を変える為に冗談を言う。
「有り金を全部使ってでも買う事を誓うよ」
「もう〜冗談だよ〜。本気にしすぎだって〜」
血の気が引き、顔を白くした俺を見たメルルは、空気を変えられなかったと知り、俺の肩を軽く叩いて物理的に気分転換のきっかけを与えた。
「でも、なんで急に制御を失って失敗したんだろう? 途中までは、それなりに出来ていたのに……」
「それは、心当たりがあるんじゃ無いかい? 土と水魔法の感じ方の違いを思い出してみるんだよ」
俯きながら失敗の原因追求を行い頭を悩ませる俺を見て祖父は、人差し指を立てながら助言を行う。
「感じ方の違い……あっ! そう言えば、水属性魔力を収束する時に、勝手に土属性魔力が溢れてきた……も、もしかしてそれか?」
「正解だよ。君の失敗は、生まれ付き適性属性魔力が、2属性以上ある人の弊害だよ」
「えっ!? へ、弊害って!?」
己の落ち度がなかったことに安堵する以上に俺は驚愕を隠せなかった。
「うん、そうだよ。これは、適性の高い属性魔力が無意識的に他属性に干渉してしまう事で、魔法の失敗や制御を失ってしまう事が起こるんだ」
「な、直すためには、どうすれば良いの!?」
焦りと不安を感じた俺は、祖父に詰め寄るように対策を聞く。
「それは、ひたすらに魔力技能を鍛えるしか方法は無いよ。何故なら無意識で行ってしまうのだからだよ。制御するには、自身の魔力を意識して操作するしか改善の道は無いよ」
「そ、そうなのか……良かった」
「長い道のりになるかも知れないよ? 心は折れないのかい?」
「爺ちゃんも意地悪だなぁ。確かに、改善の道が無かったら、こんな友達を殺そうとする力なんて、心が折れていたさ。でも、努力次第でどうにかなるなら、俺は前に進むだけだよ。だって、絶望している時間も惜しいんだ」
生まれつきの体質の問題である為に改善が出来ないと思った俺は、努力次第で改善の道があることにホッと一安心した。
「そうか、そうか。子供の成長は、本当に早いなぁ」
「でも、それが最初から分かっていたなら、なんで先にリオに教えなかったのですかにゃ? そうすればリオも怪我しなくて済んだと思うのですにゃ」
「そうよ、そうよ〜」
俺の成長を喜ぶ祖父に対してムッとした表情で祖父に近づくナートとメルルは、静かに怒っていた。
「何でもかんでも、教えてあげる事が本人にとって良い事ばかりじゃ無いよ。自分で挑戦して、反省して、考えて、気が付く。こう言う”気付き”は生活の中でも、戦闘の中でもとても大切な事だよ。そして、それこそが”学びの本質”であると私は思うんだよ」
「な、なるほどですにゃ……そこまでは、考え付かなかったですにゃ。ごめんなさいですにゃ」
「アタイも〜。キースさん、ムッとしてごめんなさい」
祖父の真意を聞き、落ち着いた2人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいや、別に謝る事はないよ。君達の思いや感情は、とても正しく大切な物だよ。さて、訓練を再開するんだよ」
「はいにゃ!」
「はい!」
謝る2人を見て優しい笑みを浮かべた祖父は2人の頭を撫でながら訓練再開の合図を行った。
「それでリオ」
「俺は止めてもやるよ」
祖父の言葉に被せながら俺は自分の思いを告げた。
「いいや、ただの子供なら止めているけど、君は冒険者だから私は止めないよ。続けるも辞めるも君自身で判断すると良いよ。この苦難を乗り越えるんだよ?」
「っ!? はい!」
祖父の俺を子供としてみない発言に俺は、優しさと嬉しさを感じた。
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