2-30 下級魔法-ラジエイトソイル

探検の書

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「それじゃあ、これからは交代だ! ラート、シルルこっちに来い!」

昼食を終えて一息ついた俺たちはアラン祖父の掛け声と共にそれぞれの訓練を交代する。

「うおぉぉっしゃーっ! やったるにゃーっ!」

とても元気にはしゃぎ回るラートは挙句の果てにスキップまでし始めた。

「アランさん! よろしくお願いします!」

ラートと対して目を輝かせる様にアラン祖父を見つめるシルルはいつもよりも楽しそうに笑った。

「あはは……ラート君とシルルちゃんは、さっきまで元気なかったのに、そこまで私の訓練はつまらなかったかい?」

2人の様子を見て落ち込んでいるどころか悪戯っ子の様に、揶揄う様な軽い笑い声と共に、背後から近づくキース祖父は、2人の頭に手を添えた。

「ち、ちがうにゃーっ!」

「そ、ソンナコトハナイデスヨッ?」

2人とも背筋が凍ったのか、それとも頭に置かれた手に力が入っているのか、とても必死に否定する。

「あははっ! ごめんねっ! ちょっと、意地悪な質問だったよ」

「も、もうーっ! キースさんの冗談は冗談に聞こえませんよっ!」

「そ、そうにゃっ! ビックリするニャーっ!」

キース祖父から手を離された2人は振り返り冷や汗かきながら怒鳴った。

「あはは! ごめん、ごめん。それじゃ、ラート君、シルルちゃん、近接戦闘を頑張ってくるんだよ」

「はいっ!」

「分かったにゃっ!」

「うん。それから、いらっしゃい。ナート君、メルルちゃん、リオ。よろしく頼むよ」

ラートとシルルを激励すると今度は俺たちを右手を上げて挨拶をする。

「うんっ! 俺もよろしくお願いします! あっ! 後ラート君達にアラン爺ちゃんから連絡だよ」

「アランさんが今日の訓練が終わったら、夕ご飯をご馳走してくれるって約束してくれましたにゃ」

「マジかにゃっ!?」

「マジっ!?」

さっき昼飯を食べたばかりとは思えない程ラートとシルルはお互いに顔を合わせて喜ぶ。

「だから〜何を食べるに行くか〜考えておいてね〜」

「あははっ。なら折角だし私も年長者として、アランと共に支払いをするよ。店の規模や都合によっては、君達のご両親も一緒に食べようか」

「「「ありがとうございますっ!」」」

「「ありがとうございますにゃっ!」」

俺たちはその場でキース祖父に最敬礼を行う。

「そうと決まれば、早速だけど魔法の練習を行うよ。まず初めに私の訓練の流れについて説明をするよ」

「「はいっ!」」

「はいにゃっ!」

「私の訓練では基本的な座学は、もう既に説明しているから応用である実技を主体に行うよ。訓練の前にも言ったけどまずは”使い熟す”事が大事だよ」

「その為に、まずは爺ちゃんが用意した的を壊すんだよね?」

「リオ、その通りだよ。技能は何度も使えば使うほどに体に染み付き、技量が上がり使い熟せる様になるんだよ。ただ使えるだけでは、特に戦闘中は役に立ちはしないよ」

「”使える”と”使い熟す”……ですかにゃ」

胸の前で腕を組み祖父の言葉を噛み砕く様にしてナートは呟いた。

「ナート君、その通りだよ。何故なら魔法は一撃必殺の攻撃だからだよ」

「一撃必殺技〜」

メルルの表情はいつもの人を揶揄う様な猫被りの笑みでは無く年相応の笑みを浮かべた。

「うん。特に最初の内は、魔力消費量の多さや発動までの時間の長さなど色々な課題があるからね。そう言った意味でも、戦闘中に得られた少ない機会を自分の物にして、一撃を相手に叩き込まなければ魔法使いとしては落第も良いところだよ」

「確かに……魔法使いにおいて、当たらない魔法ほど、無意味な事は無いか……」

魔法を拳銃に、魔法使いをスナイパーに置き換えると分かりやすいだろう。

例えば前世の映画や軍属、サバイバルゲームで活躍したスナイパーライフルを持っていても、いざ射撃した時に当たらなければ意味は無い。

仮に当たらなくても相手を脅す為の判断材料になるから価値はあるが、それも相手に当たらない事がバレてはそれすら無くなる。

俺は祖父の言葉を消化できる様に情報を整理する。

「うん、その通りだよ。ただし、作戦として魔法を当てないとか、相手が格上で当たらないとかなら話は別だけどね……」

「だからまずは〜慣れる事が〜大切なのね〜」

「メルルちゃん、その通りだよ。動かない的に向かって魔法発動に慣れる。そして、自身も相手も動いきながら魔法戦闘を意識して慣れる。これが主な流れだよ。分かったかい?」

「「はいっ!」」

「はいにゃっ!」

俺たちの大きな返事を聞いたキース祖父は、魔法鞄から的代わりの大きな丸太を5本を取り出す。そして、地面にめり込ませると50m程離れた位置に立ち、その場で線を引く。

「なら、まずは私が放射(ラジエイト)系魔法を一度丁寧に放ってみるから、よく見ていなさい。”我願う。水の属性魔力よ、我が手に収束し放つ。ラジエイトウォーター”」

右掌を前に突き出すキース祖父の正面には、青色で複数の英語と数字が時計回りに羅列し、魔法陣らしき円陣が形成される。

円陣の中には、2つの正方形で出来た八芒星が描かれていてその中央に数字の4に似たマークと繋げて描かれている中途半端な2つの半楕円形。更にそのマークの真上と真下の2つ三角部分には三角形と台形に分ける横線がそれぞれに描かれていた。

円陣の中央から時計回りに渦巻く水属性魔力が、勢い良く収束する。円と同じ大きさまで集まり発射される魔法は、轟音と共に直進したと思えば直ぐに的を破壊した。

前世において1番近い物は消防士が使う消化ホースの排水である。しかし、その威力・速度は比較対象にならず、例え水とは言え人間に当たれば骨折どころか内臓破裂もあり得そうな一撃だった。

“ドゥーンッ! バンッ!”

「これが下級・放射(ラジエイト)系魔法の威力だよ」

「「「……」」」

あまりの速度・威力に俺達は口を半開きにしたまま祖父の魔法に唖然とする。

「はっ!? じ、爺ちゃんっ! 俺が前に見せてもらった時のウォーターボールはもっと遅かったけど、一体全体どういう事っ!? ラジエイト系ってボール系よりも下の魔法だよねっ!?」

フリーズしたパソコンが再起動した様に現実を受け入れられた俺は、教えてもらった内容と過去の記憶の齟齬に興奮も相まって祖父に詰め寄る。

「それは君に魔法を見せる為に私が調整したに決まっているよ。じゃなきゃ例えステータスを制限しても君では反応すら出来ないからね」

「ははは……これは、驚いて言葉がないにゃ……」

「アタイも〜」

「これで驚いてもらっては困るよ。何故なら、これでもかなり遅くして、君達に分かりやすくやったからね」

「えっ……マジで……?」

「うん、そうだよ。私の場合、詠唱も魔法陣も本来不必要だし、改造も本気も出していないからね。本気出して周囲に被害が出たり、君達の参考にならなかったりしたら実演の意味は無いからね」

自慢も優越感も無く、なんて事はないと語る祖父の表情は笑っているが笑っていないと言う矛盾を感じる笑みを浮かべた。

「さ、先は長いですにゃ……」

「さて、これで何で私が今まで君たちに下級魔法以上を教えなかった訳が分かったかい?」

笑みを辞めて真剣な表情を浮かべる祖父は俺達にこれまで下級魔法を使わせなかった理由を聞いてきた。

「危なすぎるからですにゃ……」

「だよね〜。アタイも〜ここまでとは〜思ってなかったよ〜」

「うん、確かにこんなの教えられる訳ないよ……それに前見た時よりも確実に威力がヤバい。自主訓練中に誤って制御失敗したら大惨事所の話を超えている」

俺達は祖父の下級魔法に対して感じた思いを素直に言葉にした。

「うん、その認識は一生大事にするんだよ。さて、早速実践してみるよ。用意は良いかい?」

今度は自然な笑みを浮かべる祖父は俺達に攻撃魔法訓練の心の準備について聞いた。

「お、おう!」

「はいっ!」

「はいにゃっ!」

「リオ、君はまず、適性の高い土魔法から感覚を掴むと良いよ。だから魔法は”ラジエイトソイル”」

「ラジエイトソイル……ラジエイトソイル、ラジエイトソイル……」

「シルルちゃんは、確か風属性だよね?」

「はいっ!」

「なら、魔法は”ラジエイトウインド”だよ」

「ラジエイトウインドか〜」

「ナート君、君は火属性だよね?」

「は、はいですにゃっ!」

「なら、魔法は”ラジエイトファイア”だよ」

「う、ううっ……出来るか心配だにゃ……」

俺は魔法名を忘れないように何度も呟き、メルルは緊張をまるで感じさせないいつもの様に振る舞い、ナートは緊張と不安のあまり俯いた。

「みんな、よく聞いてね。緊張しなくても良いって言っても、初めての攻撃魔法にそれは無理だと思う。それで、例え出来なくても焦る必要はないよ。まずは挑戦する事が大事だよ」

三者三様の態度に祖父は俺達はと同じ目線かそれ以外になる様に地面に膝をつけて語った。

「挑戦する事が大事……出来なくても大丈夫……」

「その通りだよ。私やリオの様な妖精種は元々の魔法適性が高い。そして、ナート君やラート君の様な獣人種は逆に魔法適性が低い事は事実だよ」

「うにゃ……」

ナチュラルに俺にプレッシャーをかける祖父はナートに指差しながら獣人種の事実を口にし、ナートは縮こまる様に落ち込んだ。

「だけど、努力を重ねれば凄腕の魔法使いに成れるのもまた事実だよ。ナート君、君のお父君がそう証明しているよ」

「父さんがにゃ……」

“バッ”と落ち込んだ顔を上げるナートの目には小さくも力強い光が宿った。

「彼もきっと多くの苦難や困難にぶつかってきた事だろうね。それでも彼は、失敗を恐れず挑戦し続け、努力を重ねたから、今があると私は思うよ」

「うんにゃ」

尊敬している事が周囲の俺たちにも分かる様にナートは笑う。

「君もきっと長い道のりだと思うけど、まずはその一歩を踏み出してみようね。私は、苦手でも挑戦しようとする君と君のお父君の勇気に敬意を表するよ」

右手を心臓の位置に添えてその場でお辞儀する祖父はまるで王侯貴族に挨拶する様に敬意を表した。

「キースさん……そうだにゃ、父さんが出来たんだにゃ。なら同じ赤猫の僕に出来ない道理はないにゃっ! キースさん! ありがとうございますにゃっ!」

「あはは、どういたしまして。さぁ、みんな位置について」

祖父は立ち上がり俺たちの頭を1撫でする。

「「はいっ!」」

「はいにゃっ!」

「じゃあ、気を取り直して。”力ある言葉”こそが”魔語”の本質だよ! さっき聞いた魔令の言い回しは、とても些細な事だよ! 失敗しても恥ずかしい事はないよ! 自信を持って! 今まで培ってきた自分の感覚や技能、想像力を組み合わせて、自身の願いを、思いの具現化をするんだよ! さぁっ! 今こそ魔法を放つんだよ!」

全員が位置に着くとその場で”ゴホンッ”と咳払いをした祖父は、大声で激励と助言を行う。

「スゥーフゥーッ……”我願うっ! 土の属性魔力よ、我が右手に収束し放つっ! ラジエイトソイル”っ!」

左手で右手首を固定したまま、右手を突き出しながら土魔法を放つ俺は、過去の魔力放出の時を思い出す。

「(ただの魔力放出でさえ、片腕だけじゃ狙いが定まらなかった! それにあの威力だ! まず間違えなく、放出の反動がデカいはずだからこれで合っている……と思う)」

“HOPE561518CONVERGE578152241513RELEASE5911521581”

茶色で描かれた直径30cmの魔法陣に羅列した英単語と数字が浮かび上がる。

そして、円陣の中心に正方形が浮かび上がると、そのままズレた様に重なり出来る八芒星と数字の4に似たような不思議なマーク。

「(爺ちゃんの魔法よりも魔法陣の展開速度がまるで違う……とてもゆっくりだ……それに思ったよりも魔力消費が少ない?)」

魔法陣の中心で渦巻き勢い付け始める俺の土属性魔力。魔力を魔法陣に送っても送っても未だに魔法は放たれない。

次第に頭から顔、背中にかけて汗が滝の様に吹き出し、身体中に酷い脱力感と酸欠状態に似た頭痛が感じる時、魔法が放たれた。

“ドゥーンッ!”

俺の放ったラジエイトソイルはプロ野球選手の豪速球を超える超速で放たれる。茶色い土が放たれて尚落ちる事なく直進し的に向かっていく。

「痛っ!? うぐっ!? うおぉぉぉぉっ!」

案の定、魔法の反動により大きく身体を吹っ飛ばされた俺は、全ての負荷が右腕に収束し強い痛みを感じながらも我慢する。

残念ながら俺の魔法は的の右横を掠るだけで破壊には至らない。

「(痛ぇ〜っ!? 痛えけど、どうする!? どうすれば、的に当てられる!? やべ〜っ! 早くしないと右腕が折る! それに、魔力放出で肩が壊れて身体が爆発しちまいそうだ!?)」

“ズッズズッズ”

魔力放出で少しずつ後退していく身体を下半身が踏ん張って耐えようとする。しかし、俺の体重が少ないのか、筋力が不足しているのか少しずつ後退していく。

「こなクソが〜っ! もう、どうにでもなれや〜っ!」

骨が軋みだし痛みが頭に響いた時に限界を感じた俺は、自棄になり右腕を固定していた左手を前に突き出し、直感に身を任せ両手で魔法の反動と負荷を分散した。

「当たれや〜っ! クソが〜っ!」

“バンッ!”

歯を食いしばり的を破壊する俺のラジエイトソイル。それを確認して魔力放出を止めると魔法陣が薄くなり空気を消えていった。

「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!」

“ドッドッドッ”とまるで全力疾走を終えた後の様に心臓が鼓動する。

まるで身体中から失った酸素を補う様に激しく呼吸する俺は、あまりの脱力感と疲労感に立つ事ができずその場に寝転んだ。

「ハァーッ! 辛っ! それに、腕痛っ! えげつねえ程魔力が持っていかれた……感覚としては数秒で半分くらいか?」

「(ステータス表示)」

[力量]生力145/180魔力151/201筋力72/72速力108/108知力129/129器力20/20(仰力69/69)

「(あれっ? 魔力に関してはそうでも無い? あっでも、やっぱり生力はかなり減っている……2割弱位か。転生して骨折した事ないから分からないけど……この感じだと3割以上がヤバいかも……気を付けよう)」

「リオ、お疲れ様だよ。見事に魔法を成功させたね」

俺の上から太陽光を遮る様に出てきた祖父は嬉しそうに笑う。

「あはは、爺ちゃん、ありがとう」

「右腕、大丈夫かい? 折れてないか確認するんだよ?」

「うん、まあ、まだ痛みが残っているけど動かせない程って感じじゃ無いから多分大丈夫だよ」

寝転んでいた姿勢から胡座の姿勢に身体を起こして右手をグー、パー動かす。肉体疲労と痛みで握力は戻っていないが普通に動かせた為にそれ以外も確認する。

「だが、まだ痛みがあるんだね? なら、念のためにこれを渡しておくよ」

魔法鞄から透明だが少し濁ったガラス瓶に詰められた緑の液体を祖父は俺に手渡す。

「うん? これは……水分補給?」

リゴンやカーファの様に色では判別できない為に疑いの目を向けながら祖父に正体を尋ねる。

「あれ? 見た事なかったかい? これは癒し草を原料とする魔法薬”ポーション”だよ。見るのは初めてかい?」

「ポーションっ!? これがっ!?」

意外そうな表情の祖父を置いておいて、俺は顔面まで近づけて観察した。

「アリアに特別に用意して貰ったんだよ。後でお礼を言っておくんだよ」

「えっ? ああ、そうなの……うん、後で言っておくよ。ありがとう……うげっ……にっが〜」

この世界に転生して初めて口にした不味い飲み物に俺は舌を出して顔を歪めた。

ポーションの味はまるでピーマンの青さとコーヒーの苦味を合わせ持つ味わいで後味もしっかり残り気分は悪くなった。

しかし、同時に不思議と右手に感じていた痛みが和らぐのを感じ不思議な感覚を覚えた。

「アリアが作っているポーションは、本来苦味を抑えて甘みを増やして、飲みやすいくしているけど今回は、一般に流通している物と同じ様に作ってもらったんだよ」

「この苦味と言うか不味さも訓練の内って事か……辛っ」

「ちなみに一般流通しているポーションは大体金貨3枚くらいだから残さず飲むんだよ」

「マジか……」

ポーションの信じられない値段と味の釣り合っていなさに俺はしばらく放心してから鼻をつまんで一気に飲み干した。

 

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