俺は蜘蛛人族が運営している大衆食堂”タペストリー”に着いた。しかし、まだ店は開いてはいなかった。この世界に時計がない以上、正確な開店時間と閉店時間はその時次第のまちまちだが、流石にオレも少し早いかな〜と思ってはいたがやっぱりその通りだった。
俺はまた冒険者ギルドに戻って新しい依頼を受けに行くか、時間つぶしにこの辺を散策するか迷っていると背後から自分を呼ぶ知っている声が聞こえた。その為に声の方を振り返るとクレイトンが居た。
「おはよう!リオ!」
「あっ!おはよう、クレイ姉ちゃん!」
「もう来てくれたの?でも、こめんね〜。まだ、準備中なんだ〜。」
クレイトンは右人差し指で頬をかきながら笑った。
「やっぱり?オレもちょっと早く来すぎたからこれからどうしようかなぁって悩んでいたんだよ。」
「そっか〜。ねぇ、リオはウチでリゴンパイを食べた後どうするの?」
「う〜ん?一応冒険者ギルドに戻って新しい依頼を受けるよ。オレには経験も実績も人脈も無いからねぇ。少しでも父ちゃんと母ちゃんに追いつきたいんだ。」
「リオの両親も冒険者なの?」
クレイトンは俺が両腕を組んで自慢げに話していると俺の顔を覗き込むように質問する。
「もっ?って事はクレイ姉ちゃんの両親も冒険者なの?」
「昔はそうだったって言っていたよ。店の新装資金を集める為にやっていたんだって。今は父さんとお姉ちゃんがHランクで冒険者を続けているんだよ。」
「凄いなぁ。オレも早く見習いを卒業したいなぁ。」
「リオはこれからでしょっ?応援しているわ。」
俺がクレイトンと話し込んでいると店の方から若い男性の声が聞こえた。
「お〜いっ!クレイ!そこで何しているんだ〜?」
「あっ!お兄ちゃん!来て来て!この子、私の弟分なの〜。」
「へぇ〜。という事は俺の弟分にもなるな!」
「えっ?う〜ん?まぁ、そうですかね?俺はフィデリオって言います。よろしくお願いします。」
俺は突然クレイトンに弟分で有ることを紹介され、更に自分の弟分で有ると解釈する兄達に困惑する。そして俺は解釈に納得して挨拶を行なった。
「お〜っ!俺はクレイの兄のアレクシスって言うんだ。シス兄ちゃんって呼んでくれ。この店で料理人をやっているんだ。」
「もうっ!お兄ちゃん!リオは私の弟分よ!」
「固い事言うなよ〜。俺も弟分欲しかったんだから。別に良いだろ〜。なっ?」
「全くもう、リオ、お兄ちゃんもよろしくね。」
「うん、話の展開が早くて少し混乱気味だけど、よろしくねシス兄ちゃん!」
「なははっ。よろしくな、リオ。」
アレクシスはクレイトンの兄である。俺は彼に愛称をシス兄ちゃんを強制されて困惑ついでによく見てみた。するとクレイトンとは違い黒髪のアップバンクなヘアースタイルをしている。
俺は彼の年齢は分からないが、言動からして若い印象を受けたので20歳前後だと感じた。彼の身長は蜘蛛人族が長身の一族なのか190cm〜下手したら2mはあるように感じる程の高身長だった。
「それで、リオは何しに来たんだ?クレイと遊ぶ約束でもしたのか?」
「違うよ。クレイ姉ちゃんにタペストリーの料理やリゴンパイが美味しいって聞いたから、食べに来たんだ。でも、まだ開店前だから如何しようか店の前でウロウロしていたらクレイ姉ちゃんに見つかって今に至るんだよ。」
「ほぉ〜っう。そうか、そうか。うん、よし。それなら開店前に食べれるか母さんに相談してやるよ。リゴンパイ作ってんの母さんだしな。」
左手を顎の下に置いてニヤニヤするアレクシスはリゴンパイを作っている母に聞いてくると俺に提案した。
「えっ、いいの?開店するまでその辺ぶらぶらして待つから気にしなくても良いよ。」
俺は会ったばっかりのアレクシスやタペストリーの方々に迷惑はかけられないと思いふんわりと断りを入れる。
「まぁ、それはダメだった時に行えば良いさ。準備時間だと言っても仕込みは終わっているし、後は掃除と軽食作って食べる為の時間だから大丈夫だと思うぞ。それに、引っ込み思案のクレイが連れてきた初めての友達なんだから母さんも無下にはしないだろう。」
「引っ込み…思案…?クレイ姉ちゃんが?」
俺は正直にクレイトンが引っ込み思案な印象はない。俺は彼女が普段からもっとガツガツ行くタイプだと思っていたので予想外だった。
「…そうよ、悪い?これでもかなり勇気を出したんだからね。」
クレイトンは恥ずかしいのか顔を背けて少し不機嫌そうな表情をした。
「いや、悪くないけど…信じられないなぁと思ってさ。」
「まぁ、俺たち蜘蛛人族は子供の頃の同世代に気持ち悪がられるからなぁ。ほら、こんな下半身しているだろ?同世代の子供たちも大人になるに連れてそういう種族で有ると受け入れていくんだ。しかしな、受け入れる前はやっぱり遠慮されるんだ。特に人間種パーソン族の女の子は余計に昆虫に嫌悪している傾向があるから余計な…。」
アレクシスは視線を下に下げて悲しそうな、そして寂しそうな表情を浮かべる。
「そうなんだぁ。」
「だから、子供の頃から俺たちを嫌悪せずクレイを姉ちゃん呼び、俺を兄ちゃん呼びしてくれるリオはある意味で貴重だと思うんだ。これから妹共々よろしくな?」
アレクシスは右手でクレイトンの頭を撫でながら左手を顔の前まで上げて笑う。
「お兄ちゃん…。そうね、リオ。私からも改めてよろしくね。」
クレイトンは左隣にいたアレクシスを見上げると、頷き兄と同じように笑った。
「うん。まだ、1日の付き合いだけど、俺もよろしくね。クレイ姉ちゃん、シス兄ちゃん。」
「それと、お兄ちゃん!リオは友達じゃなくて私の弟分よ!勘違いしないでよね!」
クレイトンはアレクシスに頭を撫でられているのが恥ずかしくなったのか左手で彼の手を叩き落とし、真っ赤な顔で声を張り上げた。
「俺は友達兼姉貴分と思っているので、徐々に仲良くなればいっかなぁと思います。」
「なははっ。お前らがそれで良いなら良いや。うしっ。(パンっ)暗い話はここまでにして、母さん聞いてくるわ〜。」
アレクシスは重くなった空気を変える為に両手を合わせるように叩いてパンっと音を立てた。そして自身の母に開店前の入店ができるか聞きに小走りして向かった。
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