「さて、とっとと片付けて、仕事に戻るか。」
俺は目的地の共用汚物所まで荷車を押しながら再び歩き出した。共用汚物所の周囲は冒険者ギルドや城門前などのように綺麗で人が多い訳ではなく、ボロくて汚い建物や服や肌が土埃で汚れた格好をしている大人や子供が睨み付ける様な眼光を向けたり地面に座り込んでいたりチラホラ見える。俺は周囲の視線を様子を鼻にツーンっとした腐った臭いがする為に眉を顰めて思わず口呼吸して臭いを回避した。
「しかし、相変わらずこの辺りは治安っつぅか、柄が悪いなぁ。まぁ、だからこそさっきの騎士さん達の巡回ルートになっているんだと思うけど…。さっさと片付けちまおっと。」
俺は共用汚物所に何度か足を運んだ事がある。転生自覚直後は引っ越ししてきたばかりで土地勘がなかった事や幼過ぎて両親から一人では行ってはならないと注意を受けていた。しかし、ここ最近は両親からお小遣いを貰う手段として家の手伝いの一環にゴミ・汚物出しを任せてもらえている。お小遣いは、手伝い一回につき10ロブなので少し貯めてはラート君達と遊ぶ時に全部使っているので割と金欠である。
(それにしても…。改めて魔法って凄えなぁ…。共用汚物所の外観って広さが10畳あるか無いかくらいの建物なのに中に入ると数倍の広さはあるなぁ…。詳しくは知らねえけど、多分魔法鞄の要領を応用したんだと思う。それにしても、やっぱ臭えから早く出よ。)
俺は共用汚物所に入り奥に進むと荷台に積んだ側溝の泥やゴミなどをスコップで掻き出す。俺は荷台を空にすると手早く出て再び凱旋通りを通り作業を再開した。俺は、側溝掃除から共用汚物所までの行き来を2度繰り返し3度目の行き来を開始すると昼の鐘が鳴り響いた。
(さてと…。昼の鐘が鳴った事だし3回目を片付けたら、一旦昼休憩を取るとしようっと。なんか、あんまり凱旋通りを通らないからアレだけど、人混みが多いから少し休憩を長めに取って人混みを避けた方が無難かも知んねえなぁ…。下手に人とぶつかってトラブル発生は洒落になんねえし。商人さん達には言っておいたけどトラブルが起きたら起きたで面倒だし休むか…。)
俺は共用汚物所に辿り着くと入り口の近くに白髪のツーブロックショートヘアーの男性が立っていた。しかし、俺は男性を気にせずに荷台に積んだ側溝のゴミなどを手早く空にする為に入ろうとする。
「あっ!君、ちょっと、今入るのを待ってほしいんだ!」
入り口近くで立っている白髪の男性が共用汚物所へ俺が入らないように立ち塞がり待ったを掛ける。
「うん?何ですか?えーっと…。」
俺は周囲からする臭い香りに顔を顰め、入り口に立ち塞がる男性に少し苛立ちを覚えつつ困惑を示した。
「僕の名前はソルトって言うんだ。」
白髪ツーブロックショートヘアーの男性のソルトは申し訳なさそうな表情で自己紹介を行う。ソルトの格好は茶色いブーツに紺色の長ズボンを履いて橙色のシャツの上から青色のコートを着て肩に少し大きめのショルダーバックを掛けていた。
「えーっと…ソルトさん、何で僕が入るの止めるんですか?」
俺はソルトの表情に悪意で立ち塞がっているのでは無く何か事情があると悟り、先ほど感じていた苛立ちが収まり事情を伺う。
「僕は獣魔ギルドに所属しているんだ。それで今、僕の従魔(相棒)が中の清掃を行なっているんだ。だから、少しの間だけ待っていてくれないかな?」
ソルトは右手で頭をかきながら、左人差し指で共用汚物所の入り口を指差して説明をする。
「ヘェ〜共用汚物所ってそういう風に片付けているんだ…。分かりました。そういう事だったら待ちます。」
「ごめんね。助かるよ。」
「あっ!ちなみにどう言う風に片付けているのか見ても良いですか?」
俺は共用汚物所の中を清掃している魔物に興味が湧き出来るか分からないがソルトに見学を申し出た。
「そんなに面白くは無いと思うけど、それでも良いなら勿論だよ。ただし僕の言う事はしっかり聞くんだよ。いいね?」
ソルトは質問をした時に少し困った表情をしていたが、一度視線を外し再び目を合わせて許可を出した。
「ありがとうございます!」
俺はソルトに最敬礼をして感謝を伝える。入り口を開けると相変わらず臭いがあるが、少しだけ臭いが減ったように感じた。その奥では緑色で丸い形をした全長1m前後のブヨブヨした謎の魔物が体から出る触手のような物で器用にゴミなどを食べていた。
「ふっふふ。君は魔物に興味があるのかい?」
ソルトは俺が魔物を見て口を半開きになっているのを見て先程を打って変わり、得意げな表情で質問する。
「はい!初めて見ました!」
俺は話では聞いていた生きている魔物を見て興奮が止まらず両手で拳を作り胸の前に上げた。
「あの子はね、Gランクの”オムニヴォーセル”って言う魔物なんだ。あの子は雑食でね、何でも食べるからギルドの依頼を受けて、こうして共用汚物所の清掃を行っているんだ。」
「そうだったのかぁ…。ソルトさん質問しても良いですか?」
「ん?なんだい。えーっと…。」
ソルトは俺の質問に応えるために俺の名前を呼ぼうとするが、分からないため困った表情と視線で俺に自己紹介を求める。
「あっ。自己紹介がまだでした。僕はフィデリオって言います。見習いですが冒険者ギルドに所属しています。よろしくお願いします。」
俺は歳上の人に無礼な事をしていたと気が付きギルドカードを取り出し慌てて自己紹介を行う。
「おぉ…。と言うことはそっちの荷台は依頼で?」
ソルトはギルドカードを取り出した俺に感心した表情を浮かべ、少し声が震えながら右手人差し指で荷台を指差し質問する。
「そうです。今、門近くの側溝掃除をしていたところです。」
「うん、子供だけどしっかりと受け答えが出来ている…。それに加えて魔物にも興味ある…。これは有望な人材だ…。ねぇフィデリオ君。君は獣魔ギルドに所属する気は無いかい?」
ソルトは質問に答えた俺に見て右手で口元を隠しながらブツブツと何かをつぶやき嬉しそうな表情で俺を獣魔ギルドに勧誘する。
「えっ?冒険者ギルドに所属しながら獣魔ギルド?に所属ってアリなんですか?と言うか僕はソルトさんにそれを聞きたかったんですけど…。」
俺はソルトのブツブツと言葉と勧誘の言葉のギャップに驚きながらも複数のギルドに所属しても大丈夫か質問をする。
「ふっふふ。なら良かった!質問の答えはさっき僕が勧誘した通り所属する事が出来るのさ。ちなみに僕は獣魔ギルドの他に冒険者ギルドと傭兵ギルドの2つに所属しているのさ。」
ソルトは胸を張り笑顔で応えると獣魔ギルドの他に冒険者ギルドと傭兵ギルドに所属している事を告げた。
「そうなんですか!?」
俺は冒険者ギルドや商業ギルド以外にギルドがあった事にもそれなりに感心したが、それ以上に前世のライトノベル知識の1人所属一つ的な価値観とのギャップに驚愕した。
「うん。僕の場合は獣魔ギルドに重きを置いているから時折、傭兵ギルドと冒険者ギルドの順番で依頼を受けているね。」
「ちなみに、ソルトさんのランクとかって聞いても良いですか?」
「良いよ。僕は獣魔ギルドでGランク、傭兵ギルドでHランク、冒険者ギルドでHランクだよ。ほら、ギルドカードにもそう載っているでしょ?」
ソルトはショルダーバックをゴソゴソとすると中からギルドカードを取り出し自身の名前とギルドランクを見せる。
「おお〜本当だ。あっ!後、ソルトさんみたいに複数のギルドに所属している人ってもしかして多いんですか?」
俺はソルトが嘘を言っていると思っていた訳ではないが、実際に見てみると自然に感心する言葉を呟いた。
「う〜ん、どうなんだろうね。その人の仕事の考え方だと思うから一概には言えないけど、獣魔ギルドに所属している人のほとんどは何処かしら所属している人がほとんどかな。むしろ獣魔ギルドのみの方が少ないと思う。」
ソルトは俺の質問に視線を上に外し少し悩みながら応える。
「そうなんですか…。それじゃあソルトさん、他の所属を増やしたりしてランクの昇格に影響とかって無いんですか?」
「んっ?何で影響があると思うの?」
「えっ?いや、まぁ所属が1つの方がギルドとしてもいっぱい依頼を受けてくれて助かるから優遇したりするんじゃ無いかなぁって思いました。」
俺は現在受けている恐らくギルドの塩漬け依頼の事を思いながら応える。
「あぁ、そう言う事。ん〜僕はギルドの職員じゃ無いから確かな事は言えないけど、経験則から考えるとランクの昇格の基準ってどうも各ギルドによって違うみたいだよ。」
「そうなんですか?」
「うん、冒険者ギルドは分かりやすいと思うけど迷宮を主を倒す事とギルド職員との面接だよ。んで傭兵ギルドは依頼主の評価を重視している傾向があるって聞くし、獣魔ギルドは国や人への貢献度を重視しているからね。」
「国や人への貢献度?ですか…。」
俺は冒険者と傭兵ギルドのランク昇格条件は分かりやすいと飲み込めたが、獣魔ギルドの貢献度がイマイチ想像出来ず質問する。
「そうだね。具体的には今やっている共用汚物所の清掃がそれに当たるね。後は…。フィデリオ君は馬車や魔物車を見たことはあるかい?」
「魔物車は無いですけど馬車は見たことがあります。」
「うん。そう言う移動手段ってさ、普通の動物がやると割と問題が多いんだよ。」
「例えばなんですか?」
「1番は体力の差だね。一般的に移動で使われる動物の馬とHランクのコンバットホースって言う魔物を比較して説明するね。王都から公爵領のレルベアって言う街まで行くとして、普通の馬が休憩を挟んで大体1日掛かるところコンバットホースは休憩無しで半日掛からないで移動出来るからね。」
ソルトは俺にも分かりやすいように言葉を噛み砕きながら一つ一つ説明をする。
「ヘェ〜確かにそれなら凄いですね。他には何かあるんですか?」
「他には魔物やならず者が現れた時の違いかなぁ。荷車で移動していると割と魔物に遭遇するんだけど、動物の馬は魔物が出てくると大抵の魔物に対して恐怖を感じて怯えて暴れたりするんだ。」
「なるほど…。」
俺は”迷宮の外にも魔物って居るのか”と少しズレたことを思いながらソルトの話を聞いた。
「でもコンバットホースの場合は元々が獰猛な性格をしている魔物だから向かってくる魔物に怯えるどころか返り討ちにする事が多いし、逆にコンバットホースの威圧で魔物達が逃げていくことの方が多いんだ。外の魔物が繁殖するのは仕方ないけどさ、それで街の行き来が難しくなったら国も人も困るからね。だから僕達獣魔ギルドの従魔士がこうして貢献しているのさ。」
ソルトは自信満々の表情で自らの職業を誇らしげに説明する。
「確かに。それなら人に貢献しているって言えますね。」
「うん。後、コンバットホースを相棒に持つとなると僕達にもそれなりの力量が必須だからね。それだけでも依頼人の移動中の不安を取り除いて信頼獲得に繋がるのさ。」
「なるほど!貴重なお話ありがとうございました。」
俺は細かく丁寧に説明したソルトに再度最敬礼をして感謝の念を伝える。
「うん、どういたしまして。それでね、僕はフィデリオ君にも獣魔ギルドに所属して欲しいと思ってね。どうだろうか?」
「いや、所属出来るならしたいです。」
「是非!所属しよう!」
ソルトは右足を一歩前に出し身体を少し前屈みにしてグイグイ来るように勧誘を行う。
「でもソルトさん、僕は魔物を相棒にする技能は持っていませんし、そもそも相棒にする魔物が居ないです。それにギルドに所属って言うなら一度両親に聞いてみないとダメだと思うんです。僕まだ成人していないので。」
俺はソルトに自らの技能の現状と未成年である事を言葉に発しこの場での判断ができない事を伝える。
「勿論だとも!」
ソルトは凄い勢いで頷き俺の判断を尊重する。
「後、何でそんなに僕を獣魔ギルドに所属させたがるんですか?ソルトさんってギルド職員じゃ無いんですよね?」
俺は勧誘の一連の会話に少し疑問を持つと、それまでのソルトの勢いある態度が、あまりの勧誘の必死さを感じ途端に怪しさが増した。
「そ、それは〜その〜ね?フィデリオ君が幼いのにしっかりと受け答えが出来ているし、魔物にも興味あるからだけど…。君が聞きたいのはそう言うのじゃ無いよね?」
ソルトは焦った表情で応えていくが、次第に辛そうになり困った表情で俺に質問する。
「そうですね。正直言って怪しいですもん。」
俺はソルトの質問に失礼だと思っているが正直に怪しさ全開だと伝える。
「そうだよね〜。ん〜何処から話せば良い事やら。そうだ、フィデリオ君。問題です。今、獣魔ギルドでとある事がかなり問題になっているんだけど何か分かるかな?」
ソルトは俺の答えに笑いながら同意して俺に質問を行う。
「ええ〜…。単純に人手不足ですか?」
俺は突然ソルトに全く知らない獣魔ギルドの問題を質問されて少し呆れると何も考えずに頭の中でパッと浮かんだ事を答える。
「そう!その通りさ。獣魔ギルドで依頼を受けるには獣使い・魔物使い・従魔士などの職業が必須なのさ。しかし、これらは習得までにそれなりの年月が必要だし、それまでに必要な技術や知識を勉強する必要もあるし食事代とかも掛かるんだ。良く言えば身体一つで何とかなる冒険者とは違うから、何年もギルドに所属している従魔士達の年齢が高くなってね。僕みたいなおじさんでも若い方なんだよ。」
ソルトは現状の獣魔ギルドの人手不足と高齢化問題を細かく説明する。
「確かに。剣士とかって正直剣が有れば何とかなりますものね。」
「そう!そうなんだよ。分かってくれるかい。それで人手不足になった獣魔ギルドは数年前から冒険者ギルドの見習い制度にちなんで後継者制度って言うのを作ったのさ。」
「なるほど〜。でもそれってソルトさんには正直関係なく無いですか?」
俺は事細かく説明するソルト個人にあまり関係ないように思えた。ギルドの依頼はフリーランス的な立場であるために受ける、受けないは個人の判断で行われる。偶にギルドから指名依頼なるものを両親から聞くがそれも断ることが可能らしい。また、ソルトはギルド職員ではないと言っていた為に獣魔ギルドに若手が居なくなったところで困らないと思った。
「いや、これが関係あるのさ。フィデリオ君、僕が獣魔ギルドの何ランクか覚えているかい?」
「確かGランクですよね?」
「そう。そして数年前から新たに実装された後継者制度で後継者を育て獣魔ギルドに所属させる事がFランクへの昇格条件に追加されて困っていたんだ。ほら、嫌がる人を無理やり後継者にするのもアレでしょ?」
「うわ〜…。その昇格条件ってきついですね。他にどうやって後継者を増やしているんですか?」
俺はソルトの表情と説明に同情して同意するように眉を顰めた。
「そうだね。他国から素養のある労働奴隷を買い付けて行うとか、修道院から希望のある子供を弟子にするとかだね。でも、僕は奴隷を買い付けたく無いし、修道院の子供にはそもそも不人気だしで困っていたんだ。」
「なるほど、なるほど。そう言うことか…。」
「それで、フィデリオ君とご両親が良ければ僕が獣魔ギルドに所属出来るように色々教えるから、どうかな?」
「分かりました。一応今日家に帰ったら両親に相談してみますね。」
俺は再度ソルトに両親と相談する事とこの場での即断即決はできない事を伝える。
「うん、分かったよ。もしご両親が僕と直接話したいと言っていたら連絡してね。直ぐに予定を合わせるから。」
「分かりました。でも何処で連絡を取れば良いですか?」
「凱旋通りを王都の外の門に向かうように歩いていくと左側に獣魔ギルドがあるんだ。そこの受付の人に”ソルトに伝言”って頼めば良いからお願いね。」
ソルトは凱旋通りを指さすとそのまま指で道筋を示した。
「分かりました。あっ後、僕の友達に冒険者見習いが4人居るんですけど、内2人には声掛けられそう何ですけど声掛けしておきます?」
俺は幼馴染である4人の内ラートとナートの2人を頭に浮かべてソルトに質問する。
「えっホント!是非、是非お願いするよ。僕と同じように昇格が出来なくて困っている友人らが居るからお願いするよ。でも残り2人は無理そう?」
ソルトは突然の朗報に喜び頭を深々と下げてお願いする。詳しく聞くと自身と同じように昇格待ちの友人が2人以上いるそうでシルルとメルルにも声掛けが出来ないか俺に質問した。
「そうですね…。僕も詳しくは知らないんですけど、2人の親が従魔士っぽいんですので、もしかしたら既に後継者制度を使うのかと思うのです。」
「ああ〜。なるほど、そう言うことかぁ。」
ソルトは俺の質問に納得がいったように上に視線を外す。
「でも一応その2人にも言っておきますね。その友達の両親と僕の両親って同じ冒険者パーティーで冒険者ギルドに重きを置いている感じなのでもしかしたらいけるかもしれないので。」
「うん、分かった。僕も困っている友人らにその事を話してみるよ。そいつらは男性2人と女性2人だけど大丈夫そう?」
「はい。こっちも男女2人ずつですので、性格が合えば多分大丈夫そうです。」
「それじゃあ、長々とごめんね。もう掃除は終わったから入っても良いよ。」
ソルトはオムニヴォーセルを共用汚物所から出して綺麗に掃除された場所を指さした。
「此方こそ、ありがとうございました。今日両親と相談して友達にも声掛けしてから、今度獣魔ギルドに伝言を伝えますね。」
「うん、お願いね。それじゃあ、またねフィデリオ君。」
「はい、ソルトさんもお仕事頑張って下さい。」
俺はソルトと従魔のオムニヴォーセルに手を振って挨拶をする。
「お互い様にね。行くよアメン坊。」
ソルトは左足を一歩後ろに出し左半身を後ろに向けてニッコリ笑うと左隣を跳躍して進む従魔のオムニヴォーセルの”アメン坊”に声かけを行い歩き出した。
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