ゆっくり組手を行った俺たちは、初の格闘戦闘の反省会と同時に祖父から格闘の基礎を学んだ。
突き、刺し、叩き、蹴り、投げ、絞めなど、祖父が自分達に行う事で経験を得て基礎訓練中の意識を高めた。
「よし、今日の格闘の基礎はこれで終わりだ。次は棒術の訓練だ」
「次も格闘の時と同じように、ゆっくり組手からの反省会と基礎訓練の流れな感じ?」
両手を頭の後ろで組見ながら俺は祖父に棒術の流れを質問する。
「おう! リオ、お前の言う通りだが……その前に、リオとナート、ちょっと前に出ろ」
右手を”ちょんっちょんっ”と数回動かして俺とナートを呼ぶ祖父。
「うん? 分かったよ。今行っ!?」
「? 分かりましたにゃ。今行きまっ!?」
“ゴツンッ!”
そんな祖父に不思議がる俺たちは、同時に近づくと突然、頭上から地面にめり込む勢いの衝撃が落とされ、頭を抱えるように地面にしゃがみ込んだ。
「うわぁ〜……」
突然の事で目の前の現実にドン引きしているメルルは右手を口に当ててその惨状を見ていた。
「いった〜っ!? 爺ちゃんっ! いきなり何すんだよっ!?」
「そうですにゃっ! リオの言う通りですにゃっ! 流石にアランさんでも横暴ですにゃっ!」
拳骨を落とされた箇所をさすり、目に涙を溜めながら俺たちは憤慨し祖父の行動に抗議する。
「お前たち……何で俺の拳骨を受けたか、分かるか?」
俺たちの言い分に眉を”ピクッ”と動かし睨み付けるような視線を向けた。
「はぁっ!? そんなの分か、る、わ、け……あっ! あっ?」
俺は祖父に対して怒りを感じるが、同時に”何故殴られたか?”と言うか疑問が強まり、少しずつ思い出すと心当たりが見つかった。
「リオも……気が付いたかにゃ?」
ハッとした表情で俺を見るナート。
「いや、でも……アレは、俺たちの中では終わった事じゃん? だからと言っても爺ちゃんに殴られる謂れはないと俺は思っているけど……ナートはそう思う?」
それでも自信がなかった俺は、顔を振り向けナートを見る。
「うんにゃ。だって、それ以外に僕達2人だけが、アランさんに殴られる理由はないにゃ」
「その様子だと、もう分かったみたいだな」
ため息混じりに表情を柔らかくする祖父は、胸の前で腕を組み少し呆れた表情を浮かべた。
「はいにゃ。アランさんが僕達に拳骨を落としたのは、僕がゆっくり組手の最中にリオに躊躇ったからですにゃ」
「俺はゆっくり組手の約束である、勝負を意識しない事を初っ端から無視して、約束を破ったから……だと思う」
「おう! そうだ、それで合っている。まぁ……組手が終わっても文句を垂れていたら、お前らを説教しているとこだが、今回は時間も惜しいしこれで勘弁してやるよ。だが! 次はねえぞ、分かったな!」
目を鋭くし怒鳴る祖父の態度には優しさが満ち、凄むが敵意とは違い恐怖感は感じられなかった。
「はいっ!」
「はいにゃっ!」
背筋を”ピンッ”と伸ばす俺達は顔を上げて返事を行う。
「おう! なら良い! メルル、すまんな」
「べっつに〜……それよりアタイは〜2人がメチャクチャ〜仲が良くなった事が気になるわ〜」
1人だけ疎外感を感じたメルルは頬を膨らましそっぽを向いた。
「えっ? メルルちゃん、俺らの関係に嫉妬してんの?」
あまりにも珍しいメルルの行動が見れた俺は揶揄いたくなり左手でナートの肩に手を伸ばす。
しかし、身長差ゆえに上手く届かなかった為に爪先立ちを行い肩を組む。そんな俺の努力あってナートも右手で俺の肩を噛み合った。
「っ!? リオ、マジうざい」
“キッ”と睨みつけて、ボソッと呟くメルル。
「うぐっ!? 調子に乗って……ごめんなさい。どうか、機嫌を治しては頂けないでしょうか? メルル様」
メルルを揶揄う代償の重さとカウンターについ胸が痛くなり、俺は踵を地面につけて平謝りする。
「今度、買い物に行った時にリオの奢りなら許してあげる」
右人差し指を口に当てて、”ニヤッ”と笑うとメルルはチラチラと俺に視線を向けて条件の提示をした。
「た、高い物は、その、勘弁してよ、ねっ? メルルちゃん、それで許してよ〜」
自業自得だが、将来の為に貯金している俺はあまり浪費したくなかった。その為にメルルに謝罪しつつも慈悲を懇願する為に必死に謝った。
「ふふ〜ん。言質とったよ〜。覚悟してね〜」
ニヤつく笑顔ではなく、小悪魔的な笑顔のメルル。
「リオ、諦めろ」
俺の背後から右肩を”ポンッ”と手を置き、左右に首を振る祖父。
「リオ、ドンマイにゃ!」
俺は背後から左肩を”ポンッ”と手を置き、満面の笑みを浮かべて親指を立てるジェスチャーのナート。
「ぐっ……俺の周りに味方は居ないのかっ!? って言うかナートっ! お前は俺と同罪だろっ!? 何で”僕関係ない”雰囲気出してんの!? お前も俺と一緒に財布になれよっ!」
「巫山戯るなにゃっ! 僕は金欠なんだにゃっ! 財布は大人しくリオ1人でなるんだにゃっ!」
お互いの態度に腹が立った俺たちは胸元を掴み合い取っ組み合いを行う。
「あっ、もちろん〜ナートも同罪ね〜」
「理不尽だにゃ〜っ!」
先程とは打って変わり別の意味で頭を抱え嘆くナートは良い感じにキャラ崩壊していた。
「くっくくく……」
「ふふふっふふ……」
「はっははは……」
「「「ハッハッハッ!」」」
上から順に俺、メルル、ナートの3人は、お互いの行動に笑いが堪えきれず、その場で爆笑する。
「おう! 妬けるねぇ〜俺だけ仲間はずれかい?」
俺とナートの頭を両手で掴み、全体を見渡しながら祖父は笑う。口では妬けると言っていたが、全くそんな様子はない。
「えっ? 爺ちゃんが代わりに奢ってくれるって?」
「ありがと〜! アランさん」
「ご馳走様ですにゃっ! アランさん」
「ワッハッハッ! んな事、言ってねえよっ! だが、子供に奢ってやるのが大人の器量ってもんだ。今日の訓練が終わったら飯食いに行くぞ!」
「ヨシっ!」
右手でガッツポーズをして喜ぶ俺。
「やった〜っ!」
両手を握り右頬付近に掲げ、左足を上げて笑うメルル。
「わ〜いにゃっ!」
両手でバンザイをして嬉しさを表現するナート。
「おう! その為に先ずは棒術を行うぞ。棒術は、格闘と違い武器を持って戦うから、さっきよりも相手を確認してゆっくり組手を行え。分かったな?」
「「はいっ!」」
「はいにゃっ!」
「それじゃあ、今度はリオとメルル、ナートと俺で行い、時間が来たら交代な。行動開始っ!」
魔法鞄の中から茶色く1m前後の木棒を3本取り出し俺たちに手渡しした祖父は号令を行い、その掛け声に合わせるように距離を取った。
俺とメルルは両手で木棒を持ちいつでも刺突が出来る体制をしている。俺たちは合わせ鏡のように同じ構えをしていた。
そして、ナートとの反省を踏まえて少しずつ棒術戦闘を慣らす為に数十回打ち合った。
「それじゃあ、ここから、勝負形式にしようか? メルルちゃん」
「分かった〜。でもリオも〜アタイが女だからって〜手加減とかしないでよ〜?」
表情は笑顔だか、その瞳は真剣そのものでメルルは俺を睨みつける。
「ははっ! 言質は取ったよ。後から泣き言を言っても容赦しないよ!」
「ふふふ〜っ。もしかしたら〜泣いちゃうのは〜”リオちゃん”かもよ〜」
「はっ! 言ってろ、よ!」
“ブンッ!”
刺突の姿勢から声と勢いと共に右バッターボックスに立つ野球選手の如く、木棒を側頭部目掛けて右横一文字切り振り切る。
メルルは身長と年齢は俺と同じくらいか少し高いくらいで筋力と速さは俺が勝っている。ナートの時のような搦手を考える必要も無く力押しでもほとんど互角である。
「女の子の顔に〜攻撃とか〜マジドン引き〜」
“カーンッ!”
木棒を左手を上、右手を下にする縦の持ち方で攻撃を受けるメルルは、その言葉とは裏腹に何処か嬉しそうに笑う。
「そっちが“手加減無用”って言ったんだよ。あっそれとも〜今から手加減しましょうか? お嬢さん?」
笑顔でメルルを煽る俺。
「ふふふ〜っ。次はアタイの番だよ〜覚悟〜っ!」
“シュゥーブンッ”
受け止めている木棒をスライドさせる様に懐に入ろうとするメルルは、左腕を振り下ろし俺の右肩に一撃を放つ。
「(守るにしても棒を振り切った状態……避けても、右に避けたら顔面コース……なら)」
「ふっ!」
右足で地面を強く蹴り横に跳ぶ。
2つの棒の交わっている部分を軸に身体を左側へずらす。
メルルの一撃を防御した俺は左足が地面についた瞬間、そのままの勢いで地面を蹴る事でメルルの身体を後方へ突き飛ばした。
“トダッ”
「っ!? キャッ!」
正面からの力に押し負けたメルルは、驚き悲鳴と共に尻餅を着く。
距離にしておよそ2m強の距離が俺とメルルにできた。
「これで、終わりだよっ!」
“ガッ! ブンッ!”
目の前の彼女の武器は、地面に着地と同時に横へ手放していた。
絶好の機会、特大の隙を見逃さなかった俺は、更に追い討ちをかける様に右足で地面を蹴り跳び、上段の構えから頭上目掛けて振った。
尻餅を着いた時のメルルは諦めるように目を瞑る。
「(取ったっ!)」
我ながら上手くいった動きに口元が緩み、ニヤけ面が出る俺と目を開き不気味な笑みを浮かべ、右手で棒を手繰り寄せるメルル。
「(はっ? えっ? ちょっ)しまっ!?」
「貰った〜っ!」
“ビュンッ!”
右手で棒を持ち前に身体を突き出したメルルの放った一撃は、俺の鳩尾一直線に向かった。
その一撃はカウンターだった。
地面を蹴り跳んだ俺の身体はまだ地面に着いておらず、腕も振り切っていない。
「ガッ!? いっ〜っ!?」
自身の蹴り跳んだ勢いと油断による隙、急所など様々な要因が重なり、割となダメージにその場で悶絶する俺。
「ふふふっ〜。アタイの勝ち!」
棒を持つ右手を腰に当てて、左手でピースをするメルルは額に汗を滲ませながら笑う。
「ああ〜っ! くそっ! 俺の負けだよ」
起き上がり、感情のまま右拳で地面を殴る俺は悔しくもあったが清々しさも感じた。
「やった〜っ! 勝った、勝った〜っ!」
「それにしても、さっきのは狙ってやったの?」
「うんっ? さっきのって……ああ〜アレね〜。そんな訳ないでしょ〜。偶然だよ〜」
「ウッソだーっ!」
あまりの完璧な自身の隙を囮にしたカウンター攻撃を偶然だと言うメルルに、俺はすぐ様立ち上がり詰め寄った。
「嘘じゃないよ〜。アタイも地面に尻餅を着いた時は〜負けた〜って思ったよ〜。でも〜アランさんの説明を思い出して〜油断を誘ってみただけだよ〜」
「マジかぁ……」
“自分には前世の記憶があるから”や”相手は精神的にまだ子供だから”と舐めていた部分があったのかもしれないと思い、俺は頭を抱えるほど凹んだ。
「ダメ元でやってみたけど〜まさか引っ掛かるとは〜思わなかったよ〜。リオってやっぱり〜馬鹿だよね〜ふふふ」
俺の気持ちを知ってか知らずかメルルは追い討ちの言葉を浴びせる。
「自覚しているよ……いや、改めて自覚したよ……戦闘の真っ最中に油断するとか俺は馬鹿だ……よしっ! 反省は終わり! メルルちゃん、次をやろうぜ」
自己嫌悪に浸った俺は、両手で頬を”パチンッ”と叩き意識を切り替えた。
「(逆に考えよう……今のうちに気がつけたんだ。これがもし、大人の頃で魔物や人と殺し合っている時だったら……致命的だったかも……なぁ)」
「ふふふ〜っ。リオは馬鹿だけど〜間抜けじゃないし〜素早く切り替えが出来るところは〜好きだよ〜」
「ははっ。俺も、メルルちゃんのそう言うズバッと言ってくれるところが好きだよ」
お互いに軽口を叩きながら俺たちは笑い合った。何故なら、メルルの言葉には、俺への侮辱では無く優しさがあったからだ。
「ふふふ〜ありがとう〜それじゃあ」
お互いに再度合わせ鏡のように向き合い、木棒を構える。
「続きをやろうか、なっ!」
今回も俺から胴体に向かって刺突を行い、メルルはそれを左に避ける。
俺たちはその後も戦闘を行い、格闘戦闘と同じ様に反省、そして素振りを含む基礎訓練を行い、昼食の鐘が鳴り響いた。
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