俺とクレイトンはその場で少し待つと数分後にアレクシスが黒髪で肩に掛かる位の長い髪を紐か何かで縛り上げポニーテールにした女性と一緒に戻ってきた。
身長は二足歩行の女性と比べて頭一つ分大きく若々しい。おそらく身長170cm前後のこの蜘蛛人族の女性がクレイトンとアレクシスの母親なんだろうと不思議に納得出来た。
「貴方がクレイのお友達のフィデリオ君?私はクレイとシスの母のマルギットよ。よろしくね。」
マルギットは俺を見て少し驚いた表情を見せたが直ぐに笑みを浮かべ前屈みになり頭を撫でてきた。
「はい、よろしくお願いします。僕はフィデリオと言います。みんなからはリオって呼ばれます。マルギットさんも気軽にリオって呼んでください。」
俺はマルギットの頭を撫でる行為に少しこそばゆい感じがしたが、わざわざ嫌がるようなことはせず素直に受け入れた。
「シスから聞いてたけど、本当に小さいわね。年はいくつ?」
「今年で8歳になりました。」
「8歳?あら〜礼儀正しくて偉いわ、リオ君。シスから聞いたことだけどリゴンパイを作るのは良いわ。でも私たちも商売だからね。お金持っている?」
「具体的な金額を聞いていないので分からないですが、今所持金850ロブあるんですが足りますか?」
俺は自分がマルギットにとってお金を持っている客である事をアピールした。この世界に限らずお店にとって冷やかしは迷惑ものだ。
(“お客様は神様だ”って言葉が前世では有ったけどあれは比喩表現の一つであって本当に神様であるわけではない。それもお店側の提供の心構えの一つであってそれを客である俺が求めるならチップが必要だしね。婆ちゃんの所では偶々そう言う場面に出会わなかったしそう言う店でも無いから俺もシス兄ちゃん達に払ったほうが良いのだろうか?)
「うん。足りるわ。リゴンパイ1個200ロブで販売しているわ。1切れずつ購入する事も出来るけど1切れ60ロブになるわ。1個のリゴンパイで4切れ分になるから1個で買った方が40ロブお得になるけど、どのくらい食べれる?」
マルギットは俺の全財産を聞いて胸をホッと撫で下ろし安堵した。その後俺に丁寧に説明すると少しだけ心配そうな表情を浮かべ聞いてきた。
「う〜ん、マルギットさん。リゴンパイってどの位の大きさなんですか?」
俺はリゴンパイがどの位の大きさなのか分からなかったからマルギットに聞いてみた。一個大体2,000円位で大衆店だけど両親すら知っているお店の看板商品である事から俺の想像の範囲内の原価を考えると予想では30〜40cm前後だと思う。
「大体これくらいよ。」
マルギットはそう言うと右側の1番前の足で地面に20〜30cm位の円を書いた。意外と小さい事がわかり俺はこれなら一人でも食べれそうだと思い購入を決定した。
「うん、これくらいなら俺でも食べられそうですね。リゴンパイ1個下さい。」
俺はマルギットに向けて一回頷くと右手で人差し指を立てて右腕を突き出すように答えた。
「お買い上げありがとうね。それじゃあ、200ロブになるわ。」
マルギットはその場で軽く一礼すると首を右に傾けて笑った。そしてまた前に屈んで右手をこちらに向け俺の手が届くように気遣ってくれた。
「はい、200ロブお願いします。」
俺は首に掛けていた巾着袋を懐から出して銀貨2枚を取り出してマルギットに手渡しした。俺の所持金は650ロブになった。
「うん、丁度貰うね。今から焼くから、クレイ、リオ君を席に案内して。シスは今のうちに何か食べておきなさい。」
マルギットはお金を上着のポケットに入れるとクレイトンに俺を店に案内する様に、アレクシスには軽食を食べるように声を掛けた。
「「は〜いっ。」」
マルギットに言われた2人は言葉を伸ばすように返事をするとすぐさま行動に移した。
「それじゃリオ、こっちに来て。案内するわ。」
「うん、今行くよ。クレイ姉ちゃん。」
俺はクレイトンに店の中に案内された。入り口は近くから見ると高さは幅が広く作られておりクレイ達蜘蛛人族が通りやすい様に出来ていた。ドアノブは無いが木目にとって部分が削られていて両面引き戸の様だ。
扉の上には鈴が付いており扉を開くと鳴り響き入店を知らせている為俺も入った時は”カランコロン、カランコロン”となっていた。店内は広く天井が高いが、その分テーブルの数が6つしか無く、一つのテーブルに椅子が4つとちょっと少ない印象を受けた。
(多分これも種族ゆえの配慮なのだろうなぁ。ギュウギュウに詰め込むと店員である蜘蛛人族が通れなく無理に通ればぶつかってしまったり、料理を運べないからじゃねぇかなぁ。だからカウンター席がとても長く作られていて椅子も16席分作られていると思う。)
また、窓も付いていて空気の入れ替えがしっかりしているが、当然ガラス窓では無く窓の空間に店内から十字の木製板が付いているだけだった。店内には窓の上に鉄板が付いており店を閉じる時はこれを使い安全性を発揮している。一般家庭に良くある窓である。俺の家の窓もこうなっている。
この世界にもガラスはあるが大体貴族家や神殿などの建物に使われている。壊れやすい上に1枚100cm×50cmの大きさで金貨10枚=10万円以上なので一般家庭には手の届きようが無い。何せ空き巣も割と起こる犯罪なので一般家庭のガラス窓なんて”どうぞ空き巣して下さい”って言っている様なものだ。
だから貴族とかはガラス窓を魔道具化して耐久値を上げているとミンク婆ちゃんは言っていた。恐らくこんなにお金を掛けているのも権力者の見栄なんだと思う。
俺はそんなこんなを考えながらクレイトンに案内されたカウンター席に座っていた。クレイトンは俺の案内後アレクシスと共に厨房に向かって行った。軽食やら開店の為の残りの準備があるそうだ。
俺は少し申し訳なさそうにする彼女に気にしていない事を伝えた。そして大体30分位すると厨房から緑色のエプロンを着て髪型をポニーテールからお団子結びにして髪を纏めているマルギットが、出てきて出来立てホヤホヤで湯気が立つリゴンパイを持ってきた。
「お待たせ、フィデリオ君。リゴンパイよ。どうぞ召し上がれ。」
「マルギットさん、ありがとうございます。」
俺はマルギットからお皿に盛り付けられたリゴンパイを受け取る。パイは十字に切り込みがされており食べやすそうになっていた。俺はリゴンパイの1/4を手掴みし焼き立てなので口元で”フゥー、フゥー”と少し熱冷ましをして食べた。
(リゴンパイのパイの部分は香ばしい香りを放ちサクサクした食感でほんのりとした甘さが感じる。リゴンは甘さよりもちょっとだけ酸味が感じられたが、ゴロゴロとした大きな果肉が沢山入っていて食べ応えがある。最後にリゴンパイに使われている蜜が段違いで凄い。ちょー美味い!)
先ず色から違っていて一般的な蜜が前世同様に黄色と茶色の間くらいの色合いだがリゴンパイの蜜はオレンジよりも赤みが強い色合いをしていた。ドロっとせずサラッとした舌触りで粒々の何かが入っていた。糖度は高く、後味にリゴンの風味がありちょうど良いリゴンの酸味と蜜の甘味、焼き加減によるパイの香ばしさがマッチしていた。
「うまっ!このパイうまいっすね、マルギットさん。」
俺は口から溢れ出るパイの蜜と美味しいあまりに出る唾液が垂れそうなのを右手の甲で拭いながら身を乗り出す勢いで美味しさを表現した。
「うふふ。ありがとうね。」
「全部うまいっすけど、この蜜は段違いですね。後この蜜に含まれる粒々ってもしかしてリゴンの果肉だったりします?」
俺は食べている最中に蜜に含まれる粒々が何か考えていたが、リゴンパイに合う果肉はリゴンしかないと勝手に決めつけ改めて質問した。
「ええ、そうよ。さらに言えばこの蜂蜜も特製でね、クレイの姉にフロリアンって娘がいるのだけどその旦那のハル君の実家が農家で養蜂もやっていてね。共同でこの蜂蜜を作ったのよ。だから作り方も材料も秘密なのよ。」
「ヘェ〜。そうなんですか。」
「ちなみにこのリゴンパイにはカーファが合うのよ。カーファは一杯20ロブだから一杯どう?」
「ゔっ。それじゃあ一杯下さい。」
カーファとはコーヒーみたいな苦味と酸味のある飲み物である。しかし、色合いが緑色なので最初は緑茶や抹茶だと思ってしまい俺は飲んで驚いた覚えがあった。しかし、マルギットがこのタイミングでカーファを勧めるとか商売上手だと思い懐に痛いと思ったが、まだお金に余裕があるので折角だから飲むことにした。
俺は再び懐の巾着袋から銅貨が無かったので、銀半貨1枚を渡し、マルギットさんからお釣りの銅貨3枚を受け取った。俺はリゴンパイを楽しみつつ、カーファを飲み食事を楽しんだ。
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