「これより! ラート・ナート・シルル・メルル・フィデリオの5名のIランク昇格試験を開始する! 以下の5名は前へ!」
「「「はい!」」」
「「はいにゃ!」」
迷王歴505年・ドラゴンの月・6日・カンダイの日、俺達はIランク迷宮:試練の門・城塞都市リントラトビューアの闘技場に来ている。
冒険者ギルド見習い制度中の2年間で、依頼の実績を得た俺達は、冒険者ギルドからIランク昇格試験の受験資格を認められた。
俺達が今居る城塞都市リントラトビューアは、迷宮内と外を繋ぐ門(ゲート)を中心に作られた補給地としてゲートウェイ侯爵が運営している。
リントラトビューアには、食事や宿場、武器や防具、回復アイテムを始めとする新人冒険者の補給地点としての側面や騎士の訓練場として建設された。
「この昇格試験は、冒険者ギルドが定めた受験資格を満たす見習い冒険者が成人する前にIランク冒険者へと正式に登録される試験である!」
銀色の鎧に身を纏わせた茶髪ポニーテールの馬人族の女性が眼に力を入れて説明する。
「この試験の合否はオレたち試験官と1対1の戦闘をして、合否を決めっから、そこんとこよろしくな」
小柄でアマゾン族特有の扇情的な露出をしつつ、最低限の守りを黒革と銀色の鎧に身を包む顔に傷がある女性は、少年の様な笑みを浮かべる。
「ウチらは、Hランクで活動をしている君達の先輩だから、安心して挑んでくるんだよ? 分かった?」
大柄な男性と見間違える程に背や腕、足も長く、筋肉質な熊人族の女性は、その見た目に反してまるで近所のお姉さんが子供に注意する様に、しゃがみ込み優しく言った。
「まあ、つまり、全力で掛かって来い! って事だ。分かった? お前ら」
「おう! ライザルさん達の度肝を抜いてやるよ!」
「ぷはっ! くっくっく。期待してんぜ。んで、誰からやる?」
「オイラが行くにゃ! 試験官は誰かにゃ!」
「君は、ラート君だっけ? 武器は何を使うのかな?」
「そうにゃ! オイラは双剣を使うにゃ!」
「なら、ライザル、お前が相手をしてやれよ。双剣なら、多分お前と似た戦い方だろうよ」
「初っ端から俺か! まあ、いいぜ。俺はラートの相手をする。パーバディ、お前は誰にするんだ?」
「オレは、そこの槍使いの同族を相手にする。おい、お前、名前なんだっけ?」
「アタイはシルルです。よろしくお願いします」
「おう! オレはパーバディってんだ。よろしくな、シルル」
少年の様な笑みを浮かべるアマゾン族の女性、パーバディは、シルルの実技試験の担当を申し出て、手を振り挨拶をする。
「それじゃあ、ウチはもう1人のアマゾン族の子にしよっかな? 君もそれで良い?」
「はい! アタイはメルルです〜よろしく〜」
「ウチはターニャ。緊張せずに張り切っていこう!」
「それじゃあ、僕は同じ重量杖を持っている猫人族の彼にしよっかな。あなたのお名前を教えてもらっても良い?」
「はい! 僕はナートと言いますにゃ。今日はよろしくお願いしますにゃ」
「僕はローガン。此方こそ、よろしくね」
ベリーショートヘアーで無精髭のパーソン族の男性、ローガンは背負った木製の重量杖を取り出して、穏やかに挨拶をする。
「さて、残りはフィデリオ君1人だが、私達は後2人残している。ファル、君はどうする?」
「……ルース、僕は、どっちでも良いよ。彼が選ぶ方に合わせる」
馬人族の女性、ルースに呼ばれた全身をローブで身を隠し、手や顔が明らかに見た事がない水色の鱗で覆われた龍人種と思われる男性は、無駄口を叩かず簡潔に答えた。
「だそうだ。フィデリオ君は私と彼のどちらと試験を行いたいか?」
「それなら、ルースさん? と戦いたいです!」
「そうか。あい、分かった。だが、例えライザルの友人でも容赦はしないから、全力で来なさい」
「はい! 望む所です!」
「良い返事だ。それでは、これよりラートの昇格試験を開始する。各自、準備は良いか?」
「俺はいつでも良いぜ」
「オイラも大丈夫にゃ!」
「それでは、試験を開始する! 始め!」
「では、フィデリオ君、改めてよろしく頼む。私はルースと言う、見ての通り馬人(ばじん)族の者だ」
「此方こそ、僕はフィデリオです。クォーターノムルスです」
ルースに挨拶をした俺は、初めて見る馬人族の姿形にどう言う身体構造なのか疑問が尽きず食い入る様に眺めた。
「こら、あまりジロジロ見るんじゃない」
「ーー!? すみません、不躾な態度でした」
初対面の更に異性に対して失礼すぎる態度に俺はハッとして、すぐ様頭を下げてルースに謝罪した。
「君は、馬人族を見るのは初めてか?」
「そうですね……あと、足が2本以上ある人は、知り合いの蜘蛛人族以外ではこれが初めてです」
「そうか。まあ、確かにこの辺りで馬人族は見かけないな」
俺の反応は、ルースに取って慣れた反応だったらしく、怒った感じは無かった。
「それで、ルースさん……馬人族について知りたいのですが、何か貴方達に対して失礼に当たる行動や言動ってあるでしょうか?」
「そうだな……行動としては、よく他種族にある事だが、例え同性であろうが下半身を許可無く馬を撫でるようにしない事だな。アレは私達にとっては痴漢行為でしか無いからとても不快だ」
「分かりました。他には、何か気をつけることはありますか?」
「そうだな……私達は馬人族は、同族を家族の様に愛し、無意味な暴力や卑劣な行為は嫌悪する傾向がある。特に、私達を馬や半馬(はんば)等と侮蔑する者には、一切の慈悲も与えることは無いからそれを口にする時は覚悟する事だ」
「いいえ、敵対しない限りそんな事は、絶対に言わないのでご安心下さい」
「ふふっ”敵対しない限り”か……それが良いだろう」
雑談を交えながら緊張をほぐし、他の幼馴染達の試験を眺める俺達は、自身の出番まで時間を潰した。
ラートVSライザルから始まり、シルルVSパーバディ、メルルVSターニャ、ナートVSローガンと実技試験を行った。
激しくも短い時間で行われた試験の勝敗は、当然ながら全戦全敗中の結果に全員が酷く落ち込んでいた。
「さて、では私たちの出番だ。フィデリオ君、用意は良いか?」
「準備万端です! ルースさんの胸をお借りする気持ちで全力を出し切ります!」
「私の貧相な胸で良ければ貸してあげよう」
「そっちじゃ無いです!」
「ふふっ分かっている。冗談だ。ライザル、試験の合図を」
「おう! 任せろ! リオ坊、死に物狂いで挑んでみろよ!」
「分かっているよ!」
「これより、フィデリオの昇格試験を開始する! 始め!」
ライザルの掛け声と同時に放たれるルースの威圧に俺の身体には、重力とは違った重さを感じた。
「(さてと、どう攻めるか……相手は俺と同じ、近・中・遠距離を対応できる万能型。威圧の重さからグレイウルフよりも圧倒的に重い……相手のスピード・パワー・攻撃範囲は未知数だから、撹乱しつつ魔法で様子見。パワー次第で近接に持ち込み、足を潰すのが妥当)」
「どうした? 攻めないのか? ならば、こっちから攻撃するぞ!」
右手に持ったハルバートを地面に刺すと、背負っている弓矢を取り出したルースは、そのまま弓を引き空気を切る矢の一撃を放った。
“ストゥーン”
「ーーヤバっ! ぐっ!? 重っ!」
“ガギッン!”
左腕に装備した大楯で剛射された矢を弾く事は出来た俺だったが、矢はとても重く、その威力は大楯を通して左腕に貫通して、痺れと殴られた様な痛みを感じさせる。
「(見切れない速さじゃ無いけど、片腕で止める事は、かなりキツイ。同じ箇所に連発で撃たれたら4〜5発で折れるかも……様子見は無理、魔法で即座に仕留める方向で行こう!)」
「我願う。土属性魔力よ、収束し放たれよ」
“HOPE561518CONVERGE578152241513RELEASE5911521581”
「君の魔法を待つほど、私は優しくは無い、ぞ!」
“ブンッ!”
俺の魔法に気がついたルースは、狙いを定めさせない様に撹乱しながら、俺に近づき、ハルバートで右に横薙ぎした。
「ぐっ!? ウラァ! ーーラジエイトソイル!」
“ガキンッ! ドゥーンッ!”
ルースの攻撃に対して俺は、左手に装備した盾で防ぐが、その威力は弓矢の比ではなく、左腕を通して頭に響く痛みは、事前に予想していた事よりも痛みを感じ悲鳴を上げそうになる。
そして、瞬時に受けきれないと判断した俺は勢いを後ろに流す為にバックステップの要領で後ろに飛びながら、右手で完成させた土放射(ラジエイトソイル)をルースに放った。
「ーー!? 良い威力の魔法だ。だが、狙いが甘いぞ!」
“ダッ! タタタッ! タタタッ!”
更に加速しながら右へと回避するルースは、土放射の反動で距離を取った俺に近づきながら走る。
「舐めるな! 当たれー!」
2年近く土魔法を訓練した俺の技量や力量は、下級魔法なら片腕で魔法の反動を抑え、ある程度なら移動している相手へ腕移動させながら追える所まで成長していた。
「当たってたまるか! これならどうだ!」
“ガキンッ! ブンッ!”
「ーー!? ぐっ! うわぁー!?」
それでも、相手が少し上手な為にもう一度ハルバートで攻撃されて、同様に後ろに受け流そうとするが、今度は薙ぎ払うと言うよりも押し込まれる様に振り払われた。
「どうした! もう終わりか?」
「だから、俺を、舐めるなよ。まだだ、まだ勝負は、これからだ!」
「その意気は認めよう。だが、私はまだ君から傷一つ付けられていない。さあ、ここから君は、どう攻める?」
「チッ! 我願う。水属性魔力よ、収束・圧縮し球となり放たれよ!」
“HOPE561518CONVERGE578152241513COMPRESS91915816131513RELEASE5911521581”
「今度は水か……その年で良く身に付けたものだ。だが、先程よりも発動が遅い! 再び回避して見せよう」
「ーーウォーターボール!」
“ヒューンッ! ドバンッ!”
「ーー? 一体何処を狙っている? 制御出来ない魔法を使うとは、馬鹿にしているのか?」
「フッ! ウラァ!」
“ダッダッダッダ”
「万策尽きて正面から突撃とは……情けだ。一撃で終わらせよう。ーー!? 足が!? まさか!?」
ハルバートを構え左前足を前に出した時、ルースは足を滑らせバランスを崩した。
足元を見たルースは、自身が滑る原因を見ると先程フィデリオが放ったラジエイトソイルの土とウォーターボールの水が上手く混ざらず2層になってその場に残っていた。
「(火魔法で草木を燃やすと引火して燃え広がる。つまり、魔力もエネルギーの一種であり燃料となる物があれば少しの間、その場に残る。その応用で泥もどき完成だ)」
「オマケ!」
「(土纏撃ー鋼牙(こうが)!!)」
“ブゥーンッ! ヒュンッ!”
走りながら腰ベルトに吊るしてある不恰好なナイフを取り出す俺は、そのナイフに魔纏撃の要領で魔力を流し込み、アンダースローでルースの顔面目掛けて投げた。
土纏撃ー鋼牙とは、グレイウルフ戦の後に磨いた魔力操作と両親との試行錯誤で武器に纏わせる戦闘方法を身につけた。
その為の魔力を流しても耐えられる武器は、激戦を共にしたグレイウルフの背骨を使い、剣鉈っぽく削り、磨いた自信作だった。
切れ味や使い易さは、祖母から貰った剣鉈に劣るが現状の装備で1番強度が高く、魔力を流し投擲をすれば岩を貫通する威力はある。
「ーー!? なっ!? くっ!?」
“ガキンッ!”
普通なら腕で弾ける短剣の投擲だったが、直後ルースの冒険者としての勘が働き、ハルバートで受けた。
しかし、短剣の投擲にしては威力が高すぎてルースの防御していた腕が弾かれ、のけぞった。
「貰ったーっ!!」
その瞬間、俺は背負ったままだった片手用バトルハンマーを抜き取り、勢いを乗せて大きく振りかぶる。
「ぐっ!?」
戦闘中に初めて見せるルースの焦りの表情と声。
バトルハンマーがルースの左脇腹に直撃する瞬間、俺は視線は青空を向いていた。
「(ーーは? どう言う……事だ?)」
止めどなく溢れる疑問で頭が一杯になる。
どう考えても自分最後見た景色と今では、繋がり用が無い。
時間がゆっくりと流れる。
ーー1秒
ーー2秒
ーー3秒
体感ではかなりの時間が経過してようやく疑問の答えが判明する。
“ドザッ! ドザザザザッ!”
「ぐっ!? ああっ!?」
地面へと叩き付けられながら尚も勢いが止まらない俺は、背中に感じる痛みを皮切りに腹部に鈍く熱い痛みを感じ、その場に蹲った。
「そこまで! 試験終了!」
右手に持っていたハンマーを手放し蹲る俺を見たライザルは、戦闘不能と判断し実技試験を終了の合図を行った。
「痛っ!? 待ってくれよ! 俺はまだーー!」
ハッとした俺は今が試験中だと思い出し、急いで立ち上がろうとするが、上手く立ち上がらず、せめて声だけでも戦闘の意思があることをライザルに向かって必死に訴えかけた。
「結果発表だ。全員、実技試験、合格だ! Iランクに昇格おめでとう!」
「「「「「ーー!?」」」」」
正直言って頭がついて来れていない俺達は、目を見開き嬉しさよりも驚愕と困惑に満ちた表情を浮かべた。
「みんな、お疲れ様! もう〜! ルース! 熱くなり過ぎだよ!」
「ターニャ、分かっている。すまない、フィデリオ君、お腹は平気か?」
「はっ? えっ? ああ……まだ、少し痛いけど、大丈夫です。えーっと、この試験って戦って勝ったら合格……ですよね?」
心配そうなルースの表情と労わる言葉を一瞬理解できなかった俺は、お腹に感じる痛みを再び感じ、ライザル達を見渡しながら質問した。
「誰もそんな事は言っていないぞ。俺達と戦って合否を決めるとは言ったがな」
まるで悪戯に引っかかった子供を見ている様な表情をするローガンは頬を緩ませて、声が少し震えていた。
「くっくっくっ。まあ、リア坊、そう言う事だ。それに、手加減していてもお前らに負ける程度なら、そもそも俺達はHランクにはなっていないぜ」
「そう言うもんか……」
「でも、まさか、リオ坊があんなに魔法を撃てるとは思ってなかったぜ」
「全くだ。フィデリオ君の最後の気迫に押されて焦り、加減を間違えてしまった。本当にすまない」
「だ、大丈夫だから、頭を上げてください!」
実技試験だから怪我する事は当たり前だと考えていた俺は、ルースが頭を下げた事にギョッとして焦り、手振りを使いながら謝罪を受け取った。
「そうか? ありがとう」
頭を上げるルースは、優しい笑みを浮かべる。
「ローガンさん、僕達の合否は分かったけど、貴方達がIランク昇格を勝手に決めても良いのですかにゃ?」
「おう! ちゃんと許可は貰っているから安心しろよ、ナート」
「パーバディさん、この試験の合格基準って何だったんですか?」
「あぁ? あ〜戦闘中にオレたちの殺気に耐える事と反撃する事だな」
「戦闘中に恐怖を覚える事は、悪いことでは無いよ。でも、怯えて行動不能になる子供達を僕達は、冒険者として認める事は出来ない。それに格上相手に攻撃の意思を見せる事が出来ないのであれば、死ぬだけだから尚の事無理だよ」
俺とルースとの会話では、考えられないほどの饒舌っぷりなラズファルの表情はとても真剣だった。
「私達、冒険者は生きるも死ぬも自己責任だ。通常、成人した冒険者であれば、この様な昇格試験は無いが、未成年であれば話は別だ。故にギルドも私達を使い、現場で生き残れるか判断してほしいとの事だ」
ラズファルの言葉に続く様に話したルースは、俺達5人の顔が見渡せる位置に移動しながら、今回の試験の目的を語った。
「元々、ギルドはギルドの基準でIランクに昇格間違いなしって話だが、念の為に俺らの判断が欲しいんだとさ。だから、ギルドには、昇格しても実力に問題は無いと報告しておくぜ」
ライザル達の説明を聞いた俺達は、無言でお互いに目を合わせて、次第に頬が緩んだ
「〜〜っ!! ヨッシャーッ! 受かったー!」
「受かったにゃ〜っ!」
ラートとシルルはお互いに肩を組み合い空に向かって身体で喜びを表現した。
「よ、良かったよ〜」
メルルは、不合格の不安から解放されて腰が砕けた様に座れ込み目に涙を浮かべていた。
「バンザイにゃ〜! バンザイにゃ〜!」
ナートは、両手を上下に振りながら、その場で飛び跳ねそうな勢いでバンザイを行う。
「ふぅーああ〜緊張した……でも、受かって良かった」
初対面でかつ格上女性とのタイマンによる緊張感や負けた事による失格になったと思い込んだ不安感などが入り混じった俺は、その場でホッと一息すると次第に高揚感にも似た達成感を感じた。
ナートは
「それじゃあ、一旦、戻るぞ! 説明があるからギルドの受付に呼ばれるまで、家に帰んなよ!」
「「「はい!」」」
「「はいにゃ!」」
ライザルの掛け声と共に後に続く俺達は、出口の門を潜り抜け迷宮通りからギルドに向かった。
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