「んじゃあ……母ちゃん食器類を洗うの任せたぜ!」
「分かったわ! その代わりにアンタは先に共用汚物所に行ってゴミとか捨ててきて!」
「おう、分かったぜ! そんじゃあ、行ってくる!」
父は家の中にある汚物部屋と呼ばれる、排尿、排便、生ゴミなどを1箇所にまとめておく部屋に行き、ゴミ捨てに行った。この時代、まだ下水道の整備ができていないので一軒家を所持している家は大体1箇所にまとめる部屋を設けている。
「リオ! 食べ終わった食器を洗うから、こっちに持ってきてちょうだい!」
母は台所に立ち左手からハンドボール位の水で食器類を器用に洗っている。
「はい! 持ってきたよ。母ちゃん……左手のってどう言う状況なの?」
俺は朝食で使った大きな木皿1枚と小さな木皿が2枚、木製のお椀が1個、木製のコップ1個、金属製のフォークとスプーンを1セットを重ねる様に持ち母に渡す。
「えっ? あぁ……これ? 水属性魔力を操作して応用した水魔法もどきよ。丁度、洗い物をする時に便利なのよね」
俺から食器類を受け取る母は食器類を流し台に置き、そのまま左手の水魔法もどきを掛けて洗った。洗いに使われて流れ出た水が管を通り汚物部屋に流れていく仕組みである。
「ま、魔法っ!?」
俺は人生で初めて見る魔法に左足を一歩前に出し身を乗り出す勢いで驚く。
「もどきよ……まぁ……でも階級に無理矢理、当てはめると最下級に値するから、魔法なのかしら?」
しかし、母によれば今使っているのは魔法と魔力操作の中間点で曖昧なラインである事がわかった。
「えっ? でも、料理や洗い物する時って井戸から汲んできた水を使うんだよね? 俺、引越し前に住んでいたエリプタでクリル君と一緒に水汲みを手伝った事あるから知っているよ」
一般的な家庭では街に3箇所程度の共用井戸から水を汲んできてそれを沸騰したり工夫して使う事が大半である。
そしてクリルとは記憶を完全に取り戻す前にエリプタという街で隣に住み仲良くした4歳年上の男友人の事だ。第一印象は可愛い見た目をしていたから女の子だと思い、ちゃん付けして居たがコンプレックスに思っていたクリルがガチギレ、俺マジ泣した後に色々あって引っ越しの最後まで遊んだ。
「そうね……一般家庭ならそれで合っているわ。後、お金持ちの家なら水が出る魔道具があるから、それを使ってある家もあるわね。私達の家もその魔道具が付いているから使えるわ。リオ、これ見えるかしら?」
母は流し台中央の上に蛇口の形をした魔道具が設置させていた。
「これがその魔道具なら態々魔力を使って、魔法使わなくても良くない? なんで魔法使っているの?」
俺は態々便利な道具があるのだから魔力を消費する必要がないと疑問を呈する。
「便利だからよ」
「便利? いやいや、魔道具の方が便利そうに見えるけど……」
母のシンプルな答えに俺はシンプル過ぎる答えに首を傾げる理解に苦しむ。
「まぁそうね……でも、この魔道具は消耗品なのよ。私達が毎日使ったら……大体10日位で交換しなくちゃいけないのよ。それが面倒でつい癖で。ね?」
母はこの魔道具の欠点を上げて笑う。
「で、でも、魔法ってこんな、洗い物とかに使うものじゃないよ。もっと、こう魔物を倒す時に使う為のものだよね?」
魔法に幻想を抱いていた俺は、こんなにショボい使い方をされて納得が出来ず少し反論する。
「そんな事は……誰が決めたのかしら?」
母は間をおかずに逆に疑問を投げかけた。
「いや、誰って……クリル君が言っていたし、魔法はそういうものじゃないの?」
俺は言葉に困りアタフタする。
「それは違うわ。魔法は、どれだけ凄い力だとしても所詮は手段の1つだし技能の1つだわ。それが魔物に使われる時は、攻撃の手段だったって事よ。そして、今はお皿洗いに使う時だからって事よ」
「あ、はい……そうですか」
「(いやいや……えっ? 俺がおかしいの? でもそれは……実力者に限られるとも思うんだけど……ちがうのかなぁ)」
俺は内心疑問に思いながら返事をする。
「うふふ。何よ、その他人行儀な返事は。それじゃあ、アタシはこの後に洗濯もしなくちゃいけないから、リオはお義母さん家に行く準備をしておきなさいね」
母は俺の返事を笑うと洗濯物を洗い始めた。
「あっうん。分かったよ、母ちゃん」
俺は返事をするが特にやれる事がなく必要最低限の身支度を行い、洗濯物を洗い終えた母が部屋干しするのをぼーっと眺めていた。
「(まぁ、外に干しておくと平気で盗まれるこのご時世だから一般的に部屋干しするのは当たり前か……天日干し……そう言えば、もう遥か昔のように感じる。俺もやってなかったしな)」
両親は家事を行うと今度は自身の身支度をし始めたので、暇だった俺はさっきの話を頭の中で整理し始めた。
「(取り敢えず魔法は、一般的にはクリル君が言っていた様に攻撃の手段になっている事は間違いない……だって一般人のクリル君が言っていたんだから。でも、魔法はそれだけに有らず、精通すれば母みたいに手段の1つになるみたいだ。)」
俺は魔法が使い方次第で武器にも生活の手段にもなる事を母から学んだ。
「(と言う事はだよ。火魔法は屋外で料理する時にガスバーナー代わりになったり、風魔法は刃物代わりに食べ物をカット出来る? 土? 土って……何が出来るんだ? 漬物の重石? 今の所何が出来るか分からないけど考えるだけは考えてみようか。土魔法は前世の小説だと大抵アレな扱いだったし)」
俺は前世の趣味であり人生のバイブルであった小説によくあった主人公が常識を身に付けようとしない、或いは常識がない設定が嫌いな事を思い出した。
「(でも……もしかしたら俺も小説の主人公同様に知らず知らずにやっているかも知れないしなぁ……その辺まだ指摘が無いから分かんないんだよなぁ。でも、まだ時間はいっぱいあるし少しずつこっちの世界に慣れていけば良いや。大人になるまで見て、聞いて、体験して学び、自身の考えに落とし込めばきっと大丈夫だろ。まぁ……今考える事でもないか)」
俺は母の言動に俺と言うか異世界人との価値観のずれを感じた為に持て余す時間の限り思考に耽った。
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