2-32 蔑称

探検の書

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魔法制御失敗の後の俺は兎に角、土下級魔法ラジエイトソイルを完璧な物に仕上げるように連発した。その間、魔力酔いが起きては、魔力ポーションを使い訓練再開のサイクルをこなして熟練度を高めた。

「そこまでだよ! 今日の魔法訓練はここまでだよ! みんな、お疲れ様」

「ふにゃ〜全然出来なかったにゃ……」

「アタイは〜まあ、順調かなぁ〜。最後ら辺は〜手応えあったし〜」

「俺は、土魔法に関しては元々の適性が高いし、魔法自体も元から得意だから後は慣れだね。でも、水魔法は全然ダメだなぁ……魔法陣形成の時にまだかなりの土魔力が漏れているし要改善だなぁ……」

キース祖父の掛け声と共に祖父の元に集合した俺たちの様子は様々で、ナートは落ち込み、メルルは少し上機嫌に、俺は若干複雑な表情を浮かべた。

「全員、自分の現状や課題を理解してくれて良かったよ。今後は自身の課題を考えて、それを意識して訓練に励むように! 分かったかい?」

「「はい!」」

「はいにゃ!」

「うん、それじゃあ、アラン達と合流して夕飯を食べに行こうか」

「いや〜腹減ったな」

「お腹すいた〜」

「キースさん、ありがとうございますにゃ」

お腹から”ぐぅ〜”っとなる空腹音にお腹をさする俺達は此方に向かってくるアラン一行にむけて歩き出した。

「みんな、おつかれー! メルル、途中に何かすごい音してたけど、そっちは大丈夫だった?」

「そう言えばそうにゃ!? みんな無事だったかにゃ?」

「ごめん、それ俺なんだ。ちょっと魔法の制御を失敗しちゃったんだ。怪我はあったものの、ポーションです回復したから今は特に怪我は無いよ」

心配そうな表情のシルルとラートに向かって少し恥ずかしがりながら俺は、挙手をして事情を話す。

「ヘェ〜リオが魔法の制御失敗って初めてじゃ無い?」

「シルルちゃん、実はそうでも無いよ。昔はそれなりに失敗してたから、初めてって訳じゃないよ。でも、自分の体質以上に過信があったのだと思うんだ。ほら、俺って妖精種だし」

「うにゃ? それよりも体質って何かにゃ?」

「爺ちゃんが言うには、生まれ付き2属性以上の魔法適性があると得意属性が無意識にその他の属性を干渉するんだって」

「つまり、どう言うことにゃ?」

「俺の土魔力が水魔法を使う時に勝手に溢れ出して、制御不能になることがあるんだって。魔力操作次第で制御が可能みたいだし、地道にやっていくよ。そへで、そっちはどんな感じだったの?」

俺の説明にイメージが出来なかったラートが聞き返すために俺はもっと噛み砕いて説明した。

「アタイら? めっちゃ楽しかったよ! な? ラート」

「うにゃ! 途中、オイラとシルルちゃん対アランさんの2対1の組手や1対1の組手を行ったりして、楽しかったにゃ!」

「ヘェ〜シルル姉達はそうな事やったんだ〜」

「僕達も多分その内やると思うので参考になりますにゃ」

魔法の訓練とは打って変わって身体全身で楽しさを表現するシルルとラートはとても充実感を感じていた。

「おう! お前ら、今日の訓練は終わりだ! 各自、今日の反省点を改善出来るように訓練中は意識する事を心がけるように! 分かったな?」

「「「はい!」」」

「「はいにゃ!」」

「よしっ! それじゃあ、夕飯にはまだ早いが、各自家に帰って汗を流したり、親御さんに夕飯について伝えたりしてから店が決まり次第、俺達が伝えにいくからな! 以上、解散!」

アラン祖父の解散の合図と共に全員が門に向かうために歩き出す。

「メルル、疲れたねー」

「シルル姉お疲れ様〜早く帰ってお風呂入ろ〜」

「そうだねーアタイも汗だくで気持ち悪いよー」

汗だくで体に引っ付く砂や服を気持ち悪そうにする姉妹はお互いにねぎらいの言葉を掛け合う。

「ラートお疲れ様にゃ」

「ナートもお疲れにゃ! それよりも、そっちは魔法はどうだったにゃ?」

「全然にゃ……先は長いにゃ……」

「そっかにゃ。もし、魔法も諦められずにどっちも中途半端になりそうなら……」

「なりそうなら?」

「その時はオイラに言うにゃ。訓練が終わった後に自主練に付き合うにゃ。だから、父さんと同じ魔法、簡単に諦めるにゃよ?」

「うん、ラート、ありがとにゃ。その時はよろしくにゃ」

「任せろにゃ」

父のような魔法使いに憧れた弟を励ます兄は、弟が少しでも憧れを諦めないように、自分にできる事を提案して兄弟で助け合いを誓った。

「さてと、私とアランはこれから店探ししに行くよ」

「おう! リオはどうする? 俺達と一緒に店探しに行くか? それとも一回帰るか?」

「俺は……爺ちゃん達と一緒に行ってもいい?」

「おう! いいぞ。さてと、店は何処にすっかなぁ」

「リオ君は今日の夕飯は何が食べたい?」

「えっ? う〜ん……俺って言うか俺達は肉が食いたいし、俺個人としても甘いもの食べたい」

「肉料理と甘いものか……何処にすっかなぁ」

「ねぇ、爺ちゃん、店に迷っているなら、大衆食堂のタペストリーに行かない? 彼処って友達の家族がやっているから行きたいんだけど……」

「うん? まあ、良いんじゃねえか? どうせ何処から行くか決めていないし、お嬢ちゃんの店なら多分融通も利かせてくれるだろ」

「私は君のお友達のご両親に挨拶しておきたいしね。それなら、善は急げだよ。早めに行って席を確保しておくんだよ」

目的地が定まった俺達は姉貴分兼友達のクレイトン家が経営する大衆食堂タペストリーに向かった。

「いらっしゃい! あれ? リオじゃない! そちらの人達は?」

タペストリーの玄関を潜ると給仕中のクレイトンが元気な挨拶と共に笑顔で出迎えを行う。

「ちょっとぶりだね! クレイ姉ちゃん! この人達は俺の爺ちゃん達だよ! 右からアラン爺ちゃんとキース爺ちゃんさ!」

「は、はじめまして! 私はクレイトンって言います! よろしくお願いします!」

「おう! そう緊張すんな。俺はアラン、リオがいつも世話になってんな」

「クレイトンちゃん、よろしく頼むよ。私はキース。迷惑じゃなければ、この子とまた遊んであげてよ」

「はい! 任せてください!」

2人の祖父を見てその雰囲気に飲まれたクレイトンは、ガチガチに緊張していたが、2人の優しい笑顔の気遣いに緊張をほぐした。

「おう。それでよ、急で悪いがこの後結構な人数で宴会をしたいんだが、席の予約って出来るか?」

「え〜と……どのくらいの人数ですか?」

「大体、15人くらいだよ。急でごめんね。予約できるかい?」

「ちょっと分かんないので、母さんに聞いてきます! ちょっと待ってて下さい!」

「おう! 別に無理する事はねぇから、無理なら無理で構わねえぞ」

「ありがとうございます! ちょっと待ってて下さい!」

忙しくなる時間帯を過ぎている為かタペストリーの店内では人が少なかった。

その為にクレイトンは急足で厨房に向かうと、数分後に母であるマルギットを連れて此方に来た。

「まあ! アランさんじゃない! お久しぶりね!」

「おう! お嬢ちゃんも元気そうで何よりだ。小僧も元気か?」

「まあ! 娘の前でお嬢ちゃんだなんて恥ずかしいわ。アレクは今日もこの子の姉のリアンと迷宮に行っているわ」

「そうか、それは良かった。最近、行ってなかったし気にはなってたんだ」

「アラン爺ちゃんとマルギットさんって知り合い?」

満面の笑みで出迎える少女の様なマルギットと親しげに話すアラン祖父を見た俺は、2人がとてもただの常連関係には見えなかった。

「おう、お嬢ちゃん、じゃねぇか……マルギットの親父が友達でな」

「友達じゃねぇよ、腐れ縁だろ」

突然、渋い声で白髪混じりの知らない男性がマルギットの背後から来た。

「おっ? ははっ! よう! アレックス! お前も元気だったか?」

「元気も元気、ワシは超元気よ。それで、お前さんは最近ここに顔を出さなかったから、とうとうくたばったかと思ったぞ」

少し刺々しくも祖父の友人アレックス?さんの表情はとても心配していた。

「ははっ! それ、俺に言ってんのか?」

「偶には顔を出せって言っているんだ。ワシをまだ友達って思っているならな」

「わりぃ、わりぃ。あっ! そうだ、アレックス、コイツが俺の孫のリオだ。なんか、お前の孫とも友達みたいだ」

「ご紹介を頂きました、フィデリオって言います。クレイトンさんやアレクシスさんにはお世話になっています」

「……。おい、アラン、コイツ本当にお前の孫か? なんか、礼儀正しいんだけど……」

祖父の友人アレックス?は、俺の挨拶を見て目を見開くと祖父と俺を交互に見て、まるで得体の知れないものを見るような疑いの眼差しを向けた。

「あ〜それは多分、キースん家の影響だろ。キースって言うのは横にいる息子の嫁さんの父だ」

「キースと申します。詳しい話はまた後ほどに。よろしくお願いします」

「お、おう。ワシはアレクサンドル。マルギットの父だ」

愛称にアレックスと呼ばれたアレクサンドルは、柔らかな笑みを浮かべるキース祖父の言葉遣いに慣れていないのか少し困惑していた。

「それで、アランさん宴会でしたね。分かりましたわ。ただ直ぐって訳にも行かないので、夕食の鐘が鳴った後に来てくれませんか?」

「おう! 分かった。すまんな。迷惑かけるぜ」

「アラン、迷惑って思うならその分、お金を落としてくれても良いんだぜ?」

「ははっ! おう! 期待しておけよ! そっちも飯を用意しておけよ?」

「はっ! ぬかせ」

アラン祖父とアレクサンドルは、お互いに子供っぽい笑みを浮かべて冗談を言い合った。

「それじゃ、私たちは一旦ここで。今日はお忙しい中、無理を聞いてくださってありがとうございました」

「ええ、では、鐘の後にまたお越しください」

タペストリーで一時解散した後に祖父達は俺を両親の元に返した。

その後、分担して幼馴染宅に出向き時間の変更を告げるとお互いのパートナーに夕飯の内容を伝えるべく帰っていった。

そして、鐘が鳴る頃に冒険者ギルド前には俺と幼馴染達のご家族小計11人と祖父母夫婦2組小計4人の合計15人が集まり、そのままタペストリーへ向かった。

「アラン殿、キース殿、本日は戦闘訓練のみならずこのような食事に招いてくださり、改めて感謝を申し上げます」

「本当にありがとうございます」

「おう! ガルダもラナティナも気にすんな。戦闘訓練に関しては、基礎は俺らで仕込んでやる。だからその後は、お前らでガキどもに冒険者のいろはを仕込めよ」

「うふふ、勿論ですよ」

「君たちが子育てで鈍った感覚を完全に取り戻すまでは、私達で鍛えるから、安心して修練に励むんだよ」

「ええ、お2人には本当に感謝しています」

「お義父さんもお義母さんもいつもリオをありがとうございます」

「良いのよ、アーシャちゃん。私達が好きでやっているんだから。ね? アリアさん」

「ええ、ミンクさんの言う通りですわ。貴方達は自分の事に専念しなさい」

「助かります。お義母さん、お義父さん」

少し申し訳なさそうな表情を浮かべる父と母を含む保護者勢は、祖父母夫婦に頭を下げて感謝していた。

「そう言えばリオ〜今から行くタペストリーに〜友達がいるんだって〜?」

「なんでアタイらに言わなかったんだー。水臭いじゃんか」

「ごめん、ごめん! なんか、言う機会が無かったから言うの忘れていたんだ。別に隠していた訳じゃ無いんだ」

「でも〜女の子なんだよね〜? リオってその子が好きだから〜アタイらに隠していたんじゃ無いの〜?」

こちらを揶揄う気満々なメルルは、ニヤニヤと笑いながら質問した。

「ははっ。確かにクレイ姉ちゃんは可愛いし好きだよ。もしかしたら俺も無意識的に言わなかったのってそれが理由かもしれないしね」

「(まあ、初めて会って間もないし、特に交流も深いって訳じゃないからLOVEよりもLIKEが妥当だろ。それに嘘は言っていないし)」

両親にクレイトンを伝えた時に揶揄われた教訓を覚えていた俺は、同じ轍を踏まないように笑顔でメルルにクレイトンを友達として好きだと伝えた。

「あ〜リオ、もしかして、彼女がクレイトンさんかにゃ?」

「えっ? 彼女って……」

メルルの左側で歩いているナートが困ったような表情をして指を刺す。そこに立っていたのは、今話題に出ていたクレイトンだった。

お互いにその場で固まり少し間お見合いしていると次第に顔が熱くなるのを感じる俺は、咄嗟に顔を背けた。

「ーー!? あはは……私もリオは友達として好きよ」

クレイトンも赤面した俺が照れている事に気が付き、顔を赤らめて頬をかいた。

「さ、さっきのは、お、俺もクレイ姉ちゃんは、その、友達として好きだよって意味だから」

「あはは。うん、分かっているわ。だって私はリオのお姉ちゃんだもん」

「あれれ〜リオってば顔真っ赤〜」

「う、うるさいな! 例え本心でも恥ずかしい事は恥ずかしいんだよ!」

「リオ君、照れる事はないにゃ。友達として好きなんだからそれで良いにゃ」

「そうだぞーリオ。例えこんな大勢の前で告白するなんて誰でもできる事じゃ無いからな」

面白いものを見つけたとばかりのラートとシルルの笑みは、ニヤニヤと笑い、時には肩を組んで顔を近づけた。

「ちょっ!? ラート君もシルルちゃんも揶揄わないでよ! そう言うのはナートの役割でしょ!?」

「リオ、ドンマイにゃ!」

幼馴染の中で1番いじられ役のナートに助けを求めるが、当の本人は自分がいじられていない状況をとても楽しみ満面の笑みを浮かべていた。

「(クソ〜ッ! 超恥ずい。これじゃあ、俺が本当に好きだって言っているみたいじゃんか。冷静に、こう言う時こそ冷静になるんだ、俺)」

「はぁ。え〜と、こちらの女の子がさっき話題になっていた俺の友達兼姉貴分のクレイトンさんだよ。みんな、よろしく!」

「リオ〜本当に友達としてだけなの〜?」

「メルルちゃん! 俺はしつこい人は嫌いだよ!」

「はいはい。アタイはメルル〜よろしくね〜」

「アタイはメルルの姉のシルルだ。妹と同じくよろしく」

「オイラはラート。こっちは双子の弟にゃ」

「ラートの弟のナートですにゃ」

「私はリオの姉貴分で友達のクレイトンよ。みんな、よろしくね」

まだ、ほんのり赤い顔のクレイトンは頬をかいて照れ隠しをしながらお互いに自己紹介を行うとタペストリーから怒声が聞こえた。

「ああんっ!? 糞亜人風情が俺達人間様を店に入れないとは一体どう言う了見だ! 舐めてんのか!」

「だから! さっきも言ったけど、これから、予約客が来るから店に入らないって言っているわ! 話を聞いていないの!」

緑髪でロン毛の人間種パーソン族の冒険者とクレイトンを成長させて短髪にした様な蜘蛛人族の女性で恐らくクレイトンの姉と入り口の前で言い争いをしていた。

「なんで、お前ら糞亜人風情の話を俺らが聞かなきゃなんねぇんだ!? 糞亜人種は良いから黙って俺らの相手していれば良いんだよ!」

緑髪のロン毛の男性冒険者は、顔を赤くしひどく興奮状態に入り、獣人種の蔑称である亜人と言う発言を連呼した。

「そうよ! 私達を何処の誰だと心得ているの! 私達は今、ギルドで新進気鋭って言われているGランク冒険者”輝く剣”の一団よ!」

緑髪のロン毛冒険者の右にいる白い短髪の武闘家っぽい見た目の人間種パーソン族の女性は、大声で叫んでいる。

「亜人種が私たちに逆らったらタダじゃおかないわよ? それでも良いかしら?」

緑髪のロン毛冒険者の左にいる茶髪ミドルヘアーの魔法使いっぽい見た目の人間種パーソン族女性は、短い杖を取り出してクレイトンの姉らしき女性にチラつかせていた。

「なぁ、おっちゃん、おばちゃんら! 邪魔だからそこをどいてくんねぇか?」

取り敢えず、空腹と楽しみにしていた食事会を台無しにされた俺は、祖父や両親と言う虎の威を借りる狐だったが、迷惑系冒険者に文句を言いたくなった。

「ああん!? 誰がおばちゃんよ! 私はまだ24よ!」

俺の発言にキレ気味で返事をしたのは、今まで黙って、我関せずを貫いた白髪ポニーテールの剣士っぽい見た目の人間種パーソン族の女性だった。

「おい、ガキ。とっとと失せろ。俺様は寛大だから1度目は許してやる。早く消えろ、茶色い耳長のガキ」

腰の剣を散らすかさて俺を脅す冒険者の男は鋭い眼光を向けて睨みつける。その際に、妖精種の蔑称である耳長と言った。

「消えるのはお前らの方だ、糞ガキ共」

俺の背後からは来たアラン祖父は珍しく怒気を表しながら静かに冒険者達に警告した。

「ああん? 誰だ? 糞爺。俺様が誰か知らねぇのか? 俺様はゾルピデム冒険者ギルドGランク”輝く剣”団長で百獣切りのユイス様だぞ!」

「ユイス? 知らね」

「おい! 爺! ユイス様を知らないだって!?」

「ユイス様〜こんな無礼な爺は放っておいて亜人の女を嬲りましょうよ」

「……」

ゾルピデム冒険者ギルドのユイスと言う男性冒険者は自身を鼻高々に自慢していたが、即刻アラン祖父に知らない発言をされて顔を真っ赤に染めていた。

武闘家と魔法使いの女性もありえない馬鹿を見ている様な視線をアラン祖父に浴びせていたが、剣士の女性はじっと探る様な真剣な眼差しでこの一団で1人異質感を醸し出していた。

「おおう、そうだな……だが、その前に俺様を知らないって言ったこの哀れな糞爺は、俺様直々に痛い目合わせなくちゃ気が収まらねぇ、な!」

武闘家と魔法使いの女性に宥められたユイスは、クレイトンの姉に身体の向きを変えるふりをして、右拳で祖父に殴り掛かる。

「で? 次はどうするんだ?」

そんなものはお見通しだと言わんばかりの失望した眼差しで、ユイスを見下すアラン祖父は、左手で右拳を受け止める。

「なっ!? ふざけーー!? う、動かねぇっ!? テメェ糞爺、一体何しやがった!」

受け止められた事実が信じられないとユイスは驚愕するが、受け止められた拳が抜け出せない事に周囲の女性陣も困惑を隠せなかった。

「何って……見ても分からないのか? お前の拳を握っている……それだけだ」

「ふざけんじゃねぇ! そんな事で俺様の拳が抜けられない訳ねえだろ!」

「なぁ、糞ガキども。さっさと消えろって俺言ったよな? 拳を向けてきたって事は、俺もそれなりの対応を取っても良いか?」

左手で冒険者の拳を握っているアラン祖父は、そのまま力を入れると”ミシミシ”と言う音が拳から聞こえた。

「あ〜!? 痛い!? 離せ! 離しやがれ! この糞爺! 拳が砕ける!」

あまりの激痛なのか冒険者ユイスは膝を折り、祖父に握られている拳を必死の形相で、解こうともがき苦しむ。

「なぁ? 俺も気は長い方じゃねえんだ。孫の手前でこんな下らない事をしたくは無いんだ。最後の警告だ。この店に迷惑料を払ってとっとと失せろ。そのくらい分かるな?」

「ああ!? 分かったから! もう手を離してくれ!」

「はぁ、ほらよ。それと、ゾルピデムが人種差別にどうだか知らないが、ここはアローゼンだ。なら、人種差別を禁止しているこの国のやり方を守れよ。分かったな?」

「ひぃ!?」

「は、はいぃぃ!?」

「……」

ユイスは右拳を左手で抑え、目に涙を滲ませる。アラン祖父と輝く剣一団の圧倒的な実力差に、武闘家は腰を抜かし、魔法使いは武闘家を盾にする様に隠れた。剣士は相変わらず黙っていたが、冷や汗を滝の様に流しゆっくり頷いた。

「あ、それともう一つ。もしこの子やこの子の友人、この店に報復なんてするなよ。ゾルピデム滅ぼしてでもお前ら殺しに行くから、そのつもりでな?」

「はは……そんな事、で、出来るわけが無いだ、ろーー!?」

「逆に聞くが、なんで出来ないと思ってんだ?」

ユイスの言葉に反応した祖父は、俺を抱き抱えると訓練の時よりもきつい威圧をユイスに向けた。しかし、俺自身は祖父に抱き抱えられた為に逆に安心感が感じられた。

なお、クレイトンの姉は気が付いたらいつの間にかその場におらず、時を見て店の中に入っていった様だった。

「うひゃあっ!? わ、分かりました! お、俺達はもう帰ります! お金、ここに置いていきます! おい! お前ら早くこの国から出るぞ!」

「「は、はいぃぃ!」」

「それと、酒はほどほどに飲めよ。じゃねぇと今日みたく喧嘩売る相手を間違うからな」

「こ、心掛けます! では、失礼します!」

「……」

ユイス達は、その場に現在持っている現金が入った袋を取り出すとそのまま逃げる様に走り去った。また、剣士女性は申し訳ない表情で一度振り返り深く最敬礼を行い、ユイスを追いかけた。

「爺ちゃん、あの人達ってお酒飲んでいたの?」

「いや、多分、飲んでいないんじゃねぇか? まあ、アレだ。お酒飲んでいたからこんな事をしたって言い訳を与えて手打ちにしたんだ。そうすりゃ、さっきの敵意と一緒に早々に報復なんて考えないだろ」

「アランさん、助かったわ。フィデリオ君も助けに来てくれてありがとうね」

ユイス達がいなくなった事で、店の中からは代表してマルギットが出てきて笑顔で迎えた。

「俺は何もしていないです。凄いのは相手にした爺ちゃんと後ろで圧力をかけた父ちゃん達です」

事実として俺が出来たのは祖父や両親の虎の威を借りて文句を言っただけで、客観的に見ればただの命知らずも同義だったので悔しかった。

「まあ、良いじゃ無い。さ! 早くお食事にしましょう。お腹すいているでしょ?」

「おう! 怒ったら腹が減ったしな。お前らも早く来いよ! 飯を食べんぞ!」

後ろに振り返った祖父は、笑顔で手を振りながら両親達を呼び寄せた。

食事会はそのままクレイトン家も含めた保護者親睦会みたいな宴会にまで発展して、楽しく過ごした。

 

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