幼少期の修行・身体編 1-4

探検の書

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「う……うぅ……ここ、は……?」

 気絶から目が覚め辺りを見渡す。

 まず目に付いたのは木の枝や葉っぱが日光を遮り木陰を作り出していた。枕だと思っていた物を見ると、ゴツゴツと硬い根っこ部分に夢では無いことを確信する。

「おっ? 目が覚めたみてぇだな。調子はどうだ? リオ。ほれっ」

 俺は声が聞こえた右方向に首を向けると祖父が座っていた。

「ありがとう、爺ちゃん。……あぁ〜美味い! だけど……腹減った〜」

 俺は祖父からリゴン水を受け取り水分補給をする。不思議と脳震盪と修業の疲れは無いが、身体がエネルギー補充を催促する音が鳴る。

「ハッハッハ! それだけ元気なら大丈夫だ! リオ、飯にすんぞ」

 祖父は笑うと魔法の鞄から2段はある重箱の弁当を取り出す。

「えっ? この弁当も婆ちゃんが作ったの? でも……やけに量が多くない?」

「ハッハッハ! 細かいことは気にすんな! しっかり食べて大きくなるのも冒険者として大事なことだ。さぁ〜て、今日の飯は何かなぁ? おっ? チャージホースの塩焼きサンドイッチじゃねぇか! これは美味そうだ」

「(知らない固有名詞だ……魔物の名前かな?)」

「チャージホース? どんな魔物なの? 爺ちゃん!」

「チャージホースってのはな、Gランク獣轟の門に居る馬型の魔物でな」

「Gランクっ! 馬型の魔物」

「そうだ。コイツの素の力は、他のGランク下級魔物と同じ位の強さ何だ。だが! 奴を走らせた時の加速と突進が加わった攻撃はGランク中級魔物と同等以上に感じるんだ」

「チャージホースだっけ? あっ! それ以外にも魔物って美味しいの?」

 俺は人生で魔物を食べるのは初では無いかと思い、食い意地が張っている者として、涎が溢れそうになる程度に味に興味があった。

「あぁっ? いや、お前も普段食っているぞ」

「えっ!? 食べているのっ!? いつ! 何処で!?」

「ほら、昨日の昼飯にファイティングラビットの肉を揚げ物で食べただろ?」

「た、確かに……やけに肉がプルンップルンッして、食べ応えあったけどさ……アレって魔物だったの!?」

 俺は自分が知らずに食べていた物に迷宮産の物が使われている事に初めて気が付いた。

「(いや、まぁ、やけに美味いと思った。でも、それはこの世界の食べ物の水準が高からだと思っていたわ……油断していた……)」

「おうさ! 魔物は、他の動物よりも歯応えや味、栄養が高い値段で流通しているんだ。魔物によっては食事によって体質の改善と言う薬的な側面を担っているから、その分、値段も張るがな」

「えっ!? そうなの!?」

「おう! それにな、魔物肉が高い理由がもう1つあるんだ。リオ、何か分かるか?」

「えっ? そんな、急に言われても……まぁ……肉を売る人が少ないから、希少価値? が上がって高くなる……とか? いや、分かんないけどさ……」

「全然違うぜ」

「あっ……やっぱり?」

「正解は、魔物肉に含まれる魔素が摂り過ぎると、身体に悪影響を及ぼすから、取り除くって作業が増えるからだ」

「ま、まそ? えーっと……それで、まそ? を摂り過ぎると、どう悪影響があるの?」

「具体的に最悪だと魔素中毒死するな」

「え”っ!? えっ? えぇー!?」

 驚きの余り弁当箱から取り出したサンドイッチを手から落としそうになる俺は、伝えられた情報を上手く処理できず祖父とサンドイッチを見返す。

「安心しろ! って言っても無理だと思うがな。魔素を摂り過ぎる事が悪いのであって、魔素が悪いと言う訳ではないんだ」

「う、うん」

「俺らが魔法を使う為の魔力の素となる物が魔素だから、魔素が必ずしも身体にとって毒になる訳では無い。むしろさっき言った様に魔物肉の旨味であったり薬的な面を担っている」

「な、なるほど」

「だがな……同時に自身の魔力量を超える魔素は、濃過ぎて毒と似た影響を与える性質があるんだ」

 魔素の性質について説明を受けた俺は、魔素と似ている性質の飲み物をふと思い浮かべた。

 それはアルコール(お酒)である。アルコールは昔から薬としても重宝された時代もあったそうだが、やはり飲み過ぎによるアルコール中毒死の方が有名だ。

「よ、よかった〜っ!? 毒じゃ無いんだね!」

「おう! だけど、過去に食べ過ぎた結果に魔力耐性って言う耐性を習得させるって記録が残っている程だ。俺やみっちゃん達は、今更この程度じゃ毒にもならねぇが……お前は別だから、前から仕入れてんだ」

「あっ! そうだったんだ!?  ありがとう! 俺も食べるっ! ……美味っ!」

「(馬肉って前世含めて食べた事がないけど……あっさりしていて、脂感もキツくなく、塩が脂を引き立てている? いや、調和されている感じか? 兎に角美味いわ〜)」

「だろだろっ! これ、俺の大好物なんだ! まだまだ沢山あるが速く食わねぇと全部俺が食っちまうからな! ハッハッハ! まぁ、冗談だから喉に詰まらせんなよ」

「びっくりした〜! 爺ちゃんが言うと本当に全部食べれそうだよ」

「んっ? いや? 全部食べようと思えば、このくらいなんて事ねぇよ。だから、無理せずお腹一杯になったら残せば良いさ。残りは俺が食うからな」

「爺ちゃん、カッケー! 俺も爺ちゃんみたいになれるかなぁ?」

 俺は祖父の”男”と言うよりもむしろ”漢”らしい発言にこう言う大人になりたいと思った。

「ハッハッハ! そんなの無理に決まってらぁ」

「あはは……だよ」

「誰かと同じには成れねぇさ」

「ね、えっ?」

「だからな、リオ。お前は、お前らしく成長していけば良いんだ。他の誰かになろうとしたって、上手くなんて行きはしねえよ」

「そう言う物なの?」

「おう。相手を真似る事は学ぶ上で大事な姿勢だ。相手を真似るってことは、ある意味対象になった相手は自分にとって正解に近い事をしているって事だ」

「そうだね」

「例えで言うと剣術の型が1番分かりやすい。アレは長い時間をかけてたどり着いた一種の到達点だ。それをなんの土壌も無しに作る事は容易じゃ無いが、真似をすればある程度までは誰でも出来るだろ?」

「なるほど……何となく……分かった様な気がする」

「だが、真似る事に固辞していても、上手くはいかない事が多い。例えば、どっかの英雄が攻めを主体にした剣術を使っているとする。そんで、お前はその英雄になりたく剣術を学ぶが、自分から攻撃を仕掛ける事が苦手で、反対の守り主体の型が得意だったとする。その時、お前は攻撃主体の型を使って上手くいくか? って話なんだ」

「それは……難しいね。苦手って自覚しているなら、その分の得意を伸ばせば良いのに」

「その通りだ。別に剣術だけじゃなくても、人はそれぞれ生まれながらに違う事の方が多いのだから、それを捻じ曲げてでも完璧に同じにしようとしても上手くはいかねぇよ」

「それじゃあ……どうすれば良いの?」

「なに、簡単な事だ。真似て、学んだら自分の物にするんだ。元から違うんだ。相手と同じに無理矢理合わせたら、そりゃ、歪みが生まれるだろ」

「そっかー。分かったよ」

「おう! ほれっまだ食えんだろ? 食える時に食っちまえ」

 祖父は何処までも遠い青空を眺めながら静かに俺の頭を撫でた。

「ありがとう。そうするよ」

 俺はそんな祖父を見て目を見開き一瞬息が止まった様な感じがした。祖父の顔が苦いような懐かしむような思い出を思い返している感じがした。

「(ああ……爺ちゃんは、俺にとって物語の英雄みたいな存在だけど……爺ちゃんも1人の”人”なんだなぁ)」

 俺達はそこらから黙って遅めの昼飯を食べた。

「ふぅーっ。食った、食った。みっちゃんの弁当、美味かったな、リオ」

「うん、確かに美味かった」

「それじゃあ、この後はどうすっかなぁ? 折角だし遊ぶか? リオ」

 祖父は昼休憩を終えて午後の予定を悩んでいた。

「良いの? なら! 折角だし、この奥を探検してみたい!」

 俺は背後の森林を指差し祖父に問いかける。

「森の中かぁ……良いぜ。だが、その前に小便してからにしようぜ」

 祖父は一瞬悩むように考えるがすぐに表情を切り替えて俺をトイレに誘う。

「そうするっ!」

 俺達は木陰で立ちションを行い、汚れた手は祖父の水道の魔道具で手を洗った。

 森の中での探検は新しい事だらけで楽しかった。前世でも自然に溢れている場所は多々あった。しかしそれでも意図的に人の手が入った場所が多く、良い意味でここまで無造作で不自然の無い草木、動物、昆虫達との交流は何というか凄かった。

「リオ、リオ……ちょっとこっちに来い」

 俺は祖父が声を張り上げないように俺の肩を叩いて手で移動の合図を行う。

「んっ? どうしたの? 爺ちゃん。」

「しー……静かに……見てみろ」

 祖父は口元に人差し指を当てて静かにする様に合図を行う。俺もそれに従い祖父が指差す方を覗くと兎と狼らしい動物がいた。しかし、兎は草を食べていて狼に気が付いていない。

「(あっ……兎がいる。でも、その後ろから狼っぽいのが兎に気取られないように狙っている)」

 呑気に草を食べている事に夢中な茶色い兎は咀嚼の際に周囲を窺う仕草を見せるが、前方ばかりで後方を確認しない。

 そんな兎をじっと見つめ、息を殺し、一歩、一歩とゆっくり近づく白い狼。

 兎と狼の距離も5mを切り、全力で駆ける白き狼。

 兎も音のする方を確認するが、時すでに遅し。白き野獣は茶色い小動物に飛び掛かり、その体躯を存分に使う。

「ブーッ! ブーッ!」

 恐怖に顔を歪め全身をジタバタさせて暴れる小動物。

「ワオッ!」

 自慢の爪を小動物の身体にめり込ませて、その首元に強固な牙を突き立てる白き野獣。

「ブーッ! ブーッ……ぶっー……ぷぅ…」

 口元を真っ赤な体液で濡らす白き野獣に抵抗の意思を見せる小動物。地面を濡らす赤い液、次第に声を上げる力を無くす小動物。

 ピクッ……ピクッ……と動かしていた命は、もう既になく、そこにあったのは、獣の餌だけだった。

「見ていたな、リオ。アレが”生きる”という事だ」

「うん」

「俺達は、多くの動物や植物の命を奪って生活している。それが悪いと言うことではなく、生きる為に仕方がない事だ」

「そう……だね」

「冒険者であるなら、魔物との殺し合いは必ずある。俺達が奴らを殺し、奴らも殺されない為に俺たちを殺す。逆もまた然りだ。この光景、絶対に忘れるな。分かったか?」

「うん。”生きる”って難しいね、爺ちゃん」

「ああ……だからこそ俺達は、全力で生き抜かなきゃいけねぇ。奪った命が羨む位にどんな時でも諦めずに生き抜く事が彼らへの感謝の仕方なんじゃねぇかと俺は思ってんだ」

「そう……なの?」

「おう、俺の考えだけどな。今は、理解し無くて良い。お前にもいつか分かってくれたら、この経験も無駄では無いからな」

「うん。爺ちゃん、今日は、色々教えてくれてありがとうね」

「ああ。今のは予定外だったけど、今のうちに教えられて良かったと思うぜ。んじゃ……ボチボチ帰るか」

「そうするよ。ふぅーっ。今日は色々あったなぁ」

 俺は夕日を眺めながら祖父におんぶしてもらって自宅に帰った。ちなみに両親は今日久しぶりのデートだったので今日は祖父母宅で泊まった。

 

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